安酒は飲むな、いい酒を飲め——わが師・安岡正篤先生が伝えたかったこと

日本経済界の重鎮・牛尾治朗さん(現 ウシオ電機名誉相談役)の若き日のエピソードです。牛尾さんは、当時秘書として仕えられた東京銀行の支店長からよく、「おい牛尾君、飲みに行こう」と声をかけられ、酒の飲み方を教えられたそうです。そして、当時健在だった安岡正篤先生の教えは、さらに奥深いものでした。

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神戸支店長・木村喜八郎さんの思い出

私は大学を出て東京銀行へ入行後、程なく神戸支店へ配属となり、当時支店長を務めておられた木村喜八郎さんの秘書をしていた時期があります。

主な仕事は情報提供で、毎朝木村さんより1時間早く出社し、国内外の様々な新聞雑誌に目を通して必要な記事を切り抜き、提出するのが日課でした。

豪放磊落(ごうほうらいらく)な木村さんは、仕事の後でよく「おい牛尾君、飲みに行こう」と、有名なアカデミーというバーへ私を連れて行き、若手行員にはなかなか手の届かない高級酒を振る舞い、労をねぎらってくださいました。

当時はまだ外国に行く人は稀でしたが、海外の勤務が長く、欧米の事情に精通しておられた木村さんは、これはアメリカのダレス国務長官が賓客に振る舞って喜ばれたレミーマルタンというブランデーなんだよ、などと蘊蓄を傾けながら、

「牛尾君、くだらん酒をたくさん飲むより、いい酒を飲めよ」

と繰り返しておられたのが、いまでも大変印象に残っています。

簡単に分かってもらっては困る

私はその後、アメリカへ留学し、帰国後にウシオ電機を創業したため、あいにく木村さんとご一緒する機会はなくなりましたが、その代わりにしばしば酒席をともにさせていただいたのが、その頃から教えを請うようになっていた安岡正篤先生でした。

ある時、木村さんから言われたことを思い出してお話しすると安岡先生は、

「いくら高いお酒でも、馬鹿話をしたり愚痴をこぼしながら飲むのでは、安酒を飲んでいるのと同じです。木村さんが君に伝えたかったのは、よき仲間と人生や世界を語り合いながら飲む酒こそがいい酒だということですよ」

と、お話の真意を説き聞かせてくださったのです。

確かに木村さんは、グラスを傾けながらさりげなく貴重な人生訓、仕事訓を私に与えてくださっていました。酒が原因で遅れてくる人間は信用されない。飲んだ翌朝こそ早く出社しなさいという教えなど、若い自分を鍛えていく上でどれほど役に立ったことでしょう。

安岡先生とのその時のやり取りには続きがありました。私が納得して、

「分かりました」

と答えると、

「こういうことは、簡単に分かってもらっては困ります」

とおっしゃるのです。

自分で実際に試してみて初めて肚に落ちるものであって、軽率な理解というのが一番危険だということでした。安岡先生からそうした貴重な訓戒をいただきながら飲む酒こそは、まさしく無上の高級酒でした。

安酒は飲むな、いい酒を飲め。よい仲間と、人生を語り、友情を語り、歴史を語り、世界を語り、限られた時間を有意義に過ごしていきたいものです。


(本記事は月刊『致知』2016年6月号 連載「巻頭の言葉」より一部を抜粋・編集したものです)

◉牛尾治朗さんから『致知』へのメッセージ◉

 道元禅師に「霧の中を行けば、覚えざるに衣しめる」という言葉がある。見識のある志高い人に接すると、自ずと自分の志も高くなるという教えである。
『致知』はこの言葉のように、自分を高める様々な学びと縁をもたらしてくれる。一つの雑誌が40年もの歴史を刻むことは希有なことであるが、『致知』にはここで立ち止まることなくさらに前進を続けてほしい。
 私も次の50周年まで現役を貫き、この雑誌と共に学び続けていきたいという心意気である。
 ――牛尾治朗


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◇牛尾治朗(うしお・じろう)
昭和6年兵庫県生まれ。28年東京大学法学部卒業、東京銀行入行。31年カリフォルニア大学政治学大学院留学。39年ウシオ電機設立、社長に就任。54年会長。令和2年相談役。平成7年経済同友会代表幹事。12年DDI(現・KDDI)会長。13年内閣府経済財政諮問会議議員。著書にわが人生に刻む30の言葉』『わが経営に刻む言葉』『人生と経営のヒント(いずれも致知出版社)がある。

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