能面に魂を刻む——大光坊作「飛出」が教えてくれたこと(能面打・見市泰男)

これまで修復した古能面は優に1,000点超。当代随一の能面打・見市泰男さんは人間の喜びや悲しみ、苦悩や愁いと、能舞台で様々な表情を見せ、人々に感動を与える能面をつくり続けています。その類稀な手業の秘密に迫ります。

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能面には魂が刻まれる

――独立後、能面打として転機になった仕事はございますか。

〈見市〉
これも偶然の出逢いなのですが、お付き合いがあった能楽師の片山幽雪先生(故人)に、能面が載っている海外オークションのカタログをお見せしたんです。確か、1999年のことだったと思います。

すると、幽雪先生は名刺くらいの小さな写真の中から、「これ、ええ目しとるな」と、一つの能面を落札されたのです。もうびっくりするような安い値段で。

実際に片山家にその能面が届いてみると、持ち上げただけで表面がバラバラ落ちるくらい古い。要するに、海外にこの能面を修復する技術を持った人間がいなかったから値段が安かったんですね。

ところが、よく見てみるとこれがものすごい能面でした。名前が知られているだけで、実作例がほとんど見当たらなかった戦国時代の幻の能面打、井関家出身の大光坊幸賢がつくった「飛出」だったんです。しかも彩色が剥げ落ちたところから墨書が出てきまして、制作年や大光坊幸賢の生まれた年まで分かってしまった。

――まさに偶然の大発見ですね。

〈見市〉
また、「飛出」の発見により、能面に関するそれまで分からなかったことがいろいろ明らかになったのですが、私も刺激を受けて、能面の歴史や文化的な方面の勉強にのめり込んでいきました。それが能面打としての視野を非常に広げてくれましたね。

――ちなみに、「飛出」を見た時、同じ能面打としてどのようなことを感じられましたか。

〈見市〉
幽雪先生が「ええ目しとるな」とおっしゃったように、「飛出」の目を見ると、どこか威圧されるんですよ。目に何ともいえない迫力がある。

ただ、「飛出」の写しをつくらせていただいても、その目だけがどうしても再現できない。現代の技術も活用して目の穴の位置、大きさなどをコンマ1ミリ単位で計測して全く同じものをつくっても、目から受ける力が全く違うんです。

――それは不思議ですね。

〈見市〉
能面打として越えられない壁を感じましたし、「こんなにすごいものをつくる人が中世にいたんだ」と興味が尽きない。「飛出」からは、もっともっと研鑽を積んで、技術や感覚を研ぎ澄ませていかないと、人の心を打つ能面はできないんだよということを教えられましたね。

――しかし600年前に生きた大光坊幸賢は、なぜそのような追力ある能面をつくることができたのでしょうか。

〈見市〉
いまも昔も能面をつくる方法は基本的に同じですから、最後は先ほど言った内面的なものに帰するのでしょう。これを言ったら逃げになるのですが、大光坊幸賢の生きた時代は、明日殺されるかもしれないという切羽詰まった環境で仕事をしていたわけです。

「もしかしたら、この作品が最後になるかもしれない」という切迫感、まさに命懸け、命を燃やし尽くすように能面をつくっていたから、あれだけの素晴らしいものができた。そう私は思うんです。

――命懸けの切迫感、緊張感が作品に現れてくるわけですね。

〈見市〉
いまは明日死ぬかもしれないという切迫した時代ではありませんから、意図的に苦しい環境をつくって能面を制作してみたらどうかと試みたこともありましたけど、まぁ疲れました(笑)。どれだけ切迫感を持って能面に向き合えるか、いまも模索しています。

あと、昔の優れた能面打は、能面の素材となる木を、単なるモノだと捉えていなかったように感じるんです。彼らは声なき声に耳を傾けて、既に木の中に存在する何者かに、仮の姿を与えていくんだという謙虚な気持ちで能面を彫っていった。そこまでくると、先ほども言った目に見えない世界の話になってきますから、言葉で説明するのは難しくなります。でも昔の日本人が持っていたそうした感性をいま一度取り戻していくことはとても大事だと思うんです。


(本記事は月刊『致知』2019年11月号 特集「語らざれば愁なきに似たり」より一部抜粋・編集したものです)

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◇見市泰男(みいち・やすお)
昭和25年大阪府生まれ。大阪府立北野高等学校卒業。能面打・石倉耕春に師事。能楽学会会員。京都嵯峨芸術大学大学院非常勤講師。京都造形芸術大学非常勤講師。

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