2021年06月12日
ノーベル物理学賞受賞者であり、筑波大学学長を務めた江崎玲於奈さんの研究者人生は、まさに挑戦に次ぐ挑戦でした。大正14年生まれの江崎さんは、自分で自主的に物事を判断し、選択しながら生きる「オプション」という考えを指針として歩まれてきました。オプションが大切なのは研究者に限ったことではありません。それはそのまま、人生を充実させる秘訣と言い換えられるでしょう。
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リスクを取らないといい人生は送れない
〈江崎〉
オプションというのは単なる選択ではありません。選択する自由、つまり自分の意思というのが根底にあるわけです。特に若い方々には自由な環境でいい選択をしながら創造的な人生を送っていただきたいと切に願っております。
世の中にはいろいろなオプションがあります。当たり前ですが、悪いオプションは取ってはいけません(笑)。では何かを行おうとして、目の前にリスクのあるものとリスクのないものがある場合の選択はどうか。最近の傾向としてリスクを取らない人が多いように思いますが、それが誤りということを私は警告しておきたいと思います。
もちろん、端っから失敗に終わるようなオプションは取るべきではない。しかしそれをやることで自分が成長できるとしたら、道は厳しくともそのオプションを取っていただきたいし、私自身のこれまでの仕事を振り返ってみてもそうやって生きてきたと思うんです。
よく人生の逆境という言い方をしますがね。家族の死や病気、戦争など自分の力ではどうしようもない問題は別として、例えば仕事の上で生きるか死ぬかというような逆境に立たされたとしたら、オプションが間違っていなかったかどうか、やはり考えてみるべきでしょうね。
逆境を乗り越えることを美談とおっしゃる方もいますが、私はそうではないと思う。
逆境は避けるべきであるし、それを予知できなかったとしたら、それは本人の弱点ではないでしょうか。研究者もそうですが、あまりに逆境ばかりに身を置いていたのでは、何も生み出すことはできません。
私の言うリスクを取るということと逆境とは違うんです。逆境は避けたいが、目の前にある壁をいかに乗り越えるか、というチャレンジ精神がなくては充実した人生を送ることはできないと思います。
諦めるか、もう一踏ん張りできるか
そういえば、村上春樹さんが『走ることについて語るときに僕の語ること』(文春文庫)という著書の前書きで、あるランナーが走りながら口ずさむ言葉について紹介されていました。
マラソンで終盤に差し掛かった時、「もう駄目」と諦めるか、ギリギリのところで「もう一踏ん張り」と唱えてゴールまで持ち堪えるかはオプショナル、つまりこちら次第であり、そこにマラソン競技の奥義があるというんです。これを読んで村上春樹さんの目の付けどころはなかなか的確だなぁと感心しました。
これは私自身の実感でもありますし、研究開発や受験勉強などあらゆることについて言えると思います。行き詰まって壁にぶつかった時、マラソンと同じように「もう一踏ん張りしよう」という勇気を持つ。知力を振り絞る。それこそが理想的なオプションであり、仕事の醍醐味でもあるわけです。
(本記事は月刊『致知』2014年4月号 特集「少年老い易く学成り難し」より一部抜粋したものです) ◎各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。 ◇江崎玲於奈(えさき・れおな)
大正14年大阪府生まれ。昭和22年東京大学卒業。32年エサキダイオードにより量子力学的トンネル効果を実証する。35年に渡米しIBMのT・Jワトソン中央研究所に勤務。48年ノーベル物理学賞を受賞。49年文化勲章受章。平成4年に帰国し筑波大学学長に就任。現在は茨城県科学技術振興財団理事長、横浜薬科大学学長などを務める。著書に『オプションを活かそう』(中央公論新社)『限界への挑戦』(日本経済新聞出版社)など多数。