2021年03月17日
1万本以上に及ぶ月刊『致知』の人物インタビューと、弊社書籍の中から、仕事力・人間力が身につく記事を精選した『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』(藤尾秀昭・監修)。致知出版社が熱い想いを込めて贈る渾身の一書です。本書の中から日本画家・片岡球子氏の貴重なお話をご紹介します。
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片岡球子の絵は、片岡球子の絵でなければならない
思い直して中島清之先生(院展院友)のお宅へ戻り、落選を告げると、先生はいきなり「落ちるからこそ、いい作家になれるんだ。 その味を忘れちゃいかん」と、怒鳴るようにおっしゃって、こう続けられました。「僕はある人に前々から言われてるんだ。『片岡は最後まで残るのに、 いつも最後の審査で落選している。あれじゃあんまりかわいそうだ。君についているそうだが、 何とか激励してやれよ』と。しかし片岡さん、僕は考えるんだ。僕がもしも、君の絵に、僕の意見を言ったり、手を入れたとしたら、君はもう君独自の君流の絵は描けなくなる。
君一人で絵は描けなくなるんだ。片岡球子の絵は、片岡球子の絵でなければならない」。このお言葉は忘れることができません。人が3年でなる院友に、私は10年もかかりました。その3年後のことですが、院展研究会に大観先生から「雄渾」という作品画題が出されました。その時、かねてから描きたいと思っていたモデルを思い浮かべました。横浜の上大岡という所に住んでいる行者で、渡辺万歳という人です。金持ちの大農家の当主でしたが、目はランランと輝き、口は大きく、さらに大きなあぐら鼻を持った不動尊そっくりな行者でした。
早速行者を訪ね、モデルになってほしいと告げると、「よし、そんなに描きたいのなら、寒の入りから21日間、二足四足(鶏と獣肉)を断ち、朝は10時に卵1個、昼夜は菜食。夜中の正二時に水行を続けたら、モデルになってやろう」と言います。学校で教えながらの行です。終わり頃には足がふらついて困りましたが、とにかくやり遂げて行者を訪ねていきました。すると、私が一言も言わないのに、無言で私を護摩壇の前に連れて行きました。
燃えさかる炎の前で、行者はあぐらをかいて座り、紅蓮の炎に照らし出される行者の顔は、鬼気迫るものでした。この絵が小林古径先生の目に留まり、二等賞になりました。そして、古径先生のお宅に呼ばれたのです。まず「今回の絵は良かった。 あの勉強の仕方でいいから、 一所懸命に勉強をしなさい」と言われました。そして、「あんたの絵はゲテモノだって有名だ。本当にゲテモノだ。だけれども私は言っとくけど、ゲテモノやめちゃいけない。ゲテモノでいいんだ。だから人に何て言われても、それをみんな自分の栄養だと思って、腹の中に入れときなさい。自分の主義主張を、曲げないで、ゲテモノをずーっと続けて、20年、30年、40年と経っていくうちに、あんたの絵が変わってくる。変わってきたらしめたもんだ。本物の絵描きになれる、私の言うことはちゃんと守りなさい」と、そういうふうに言われました。神様が会わせてくださったみたいです。
私は終始、先生の目を食い入るように見つめ、全身を耳にして聞きましたよ。一語、一語、肝にしみ通るようでした。自分が間違いなく、駄目な絵を描いているのだな、と思い知りました。それと共に、このまま描いていきなさいという先生のお言葉に、いただいた二等賞のこともあり、心の片隅にほんの芥子粒ほどの膨らむものを感じました。
(本記事は『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』より一部を抜粋・編集したものです)
◇片岡球子(かたおか・たまこ) ◎各界一流プロフェッショナルの珠玉の体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。あなたの人間力を高める、学び続ける習慣をお届けします。 たった3分で手続き完了、1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら。 ≪「あなたの人間力を高める人間力メルマガ」の登録はこちら≫
1905年生まれ。日本を代表する女流画家。強い個性で日本的イメージを鮮烈な色彩で大胆に表現する。1989年には女性で3人目の文化勲章受章。愛知県立芸術大学名誉教授。2008年永眠。
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