「ランチ1食分で人生、仕事が変わる」名著の読み方──安田登×秋満吉彦

古今東西の古典に学び、作品の創作・出演から寺子屋塾の主宰まで幅広く活動する能楽師・安田登氏。NHK Eテレの人気教養番組「100de名著」プロデューサー・秋満吉彦氏。共に読書を通じて自らの人生を創ってきたお二人が語る、人生を切りひらく読書の方法、名著の力を生かす読み方とは――?

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本を自分宛ての手紙として読む

〈秋満〉 
ここまで安田さんと読書についていろいろ語り合ってきましたけど、最近本を読まない若者が増えているとか、電子書籍化で紙の本が売れなくなったとかよく言われますね。でも僕はそれほど悲観していなくて。

例えば、安田さんとトークショーをやったりすると本当に多くの方が参加してくれて、熱心に質問してくれます。だから、僕たち大人が次の世代に本を読む面白さ、本を読むきっかけ、種を植えられていないだけで、この「100de名著」シリーズの使命もそこにあると思っているんですね。

そもそもいまどんな名作でも文庫本なら500円、ランチ1食分で手に入るんですよ。500円の学びで人生、仕事が変わっちゃう。

〈安田〉 
ええ、本当に安いよね。

〈秋満〉 
コロナ禍で仕事に行き詰まってしまった、上司とどう付き合ってよいのか分からない、人生に挫折した、学校でいじめを受けている……そういう時に、ランチ1回我慢して買った一冊が「ああ、そうか」と思ってもみなかった気づきを与えてくれる。僕の人生って本当にそのオンパレードです。

それで、僕はフランクルの『夜と霧』と出合った時に「これは自分への手紙なんだ」と思って読んだんです。そうした感覚で本に向き合えば、自ずと真剣になって読み方や見え方が変わってくる。特に若い人には、「自分への手紙が届いているんだ」という感覚で本を読んでほしいと願っています。

〈安田〉 
本を自分への手紙として読む。とても大事な姿勢ですね。

〈秋満〉 
また、読書に関して伝えたいのは、最近ネットの情報などを見ると、やれお前は右翼だ、左翼だと、皆が互いに敵と味方に分かれて分断されているように思うんです。私も日本のことがとても好きなのに、ちょっとリベラルな発言をすると、すぐ「お前は左翼だ!」って言われてしまう。ドストエフスキーの話で触れたように、人間は天使と悪魔が同居している複雑な存在なのであって、一色に染め上げることはできません。

スペインの哲学者であるオルテガも、民主主義の根本を問うた『大衆の反逆』という本で、「敵と共に生きよ、敵と共に統治せよ」と言っています。つまり、自分とは真逆の立場の人と共に生きることが大事なんだと。いまの日本はその言葉とは反対の方向に進んでしまっていますよ。

読書も同じで、読み方を間違えてしまうと価値観、考え方がその本の主張一色に染められてしまいます。だから、右寄りのものを読んだら、次はあえて反対の主張の本を読んでみることで、様々な価値観に触れ、「あなたの考え方も面白いね」「あなたの言っていることも一理あるじゃん」って互いに理解し合えるようになる。それが読書することの大きな意義だと思うんです。そうした寛容さが読書を通じてもっと広がれば、日本はもっとよい国になっていくはずです。

大事なのは学びを実践すること

〈安田〉 
いま秋満さんがおっしゃったように、特に『致知』の読者に多い年齢が上の方たちが、読書の素晴らしさを若い世代に教えることがとても大事だと思います。

そのためには、読んだ本の学びを自分自身が実践することです。例えばビジネス書を読んでも、「いいこと書いてあるな」と表層的なところだけ理解して、すぐに忘れてしまうという人が多い。部下や若い人からも、「あの人、あんないいことを言っているのに、実際は全然違う」と思われてしまったりする。実践が何より大事です。

1970年代の話ですが、私は高校生の時に、日本自作航空機協会という団体に入っていました。ちょうどNASAがハンググライダーの設計図を出したというニュースを聞いて、協会を通じて入手しました。設計図だけでなく簡単なマニュアルもついていて、そこに書かれた通りにつくってみると、本当に飛べた。本に書いてある通りに実践してみると、空を飛ぶこともできる。もうびっくりして、それから本ってすごいなって思うようになったのです。

〈秋満〉 
しかも、ランチ1回分の値段ですごいことができる(笑)。

〈安田〉 
そうそう(笑)。また、3DCG(3次元コンピュータグラフィックス)の本も数冊書きましたが、これもほとんど本から学びました。これはさすがにランチ1回分では無理ですが、それでも書籍代で2万円くらい。たった2万円で、その何百倍、何千倍もの仕事が入ってくる(笑)。でも、そうした本のすごさ、素晴らしさを子供たちに教えることもできていないし、大人たち自身も気づいていない。だから、自分も含め、まず大人が本に書いてある教えを実践し、周りの若い人に「読書の力ってすごいんだ!」ということを伝えていくことがすごく大事だと思います。

〈秋満〉 
確かに僕もフランクルに出逢って、その学びを実践してなければ、いまNHKのプロデューサーとして働いていないわけです。本の学びを実践する、これからも大事にしていきたいですね。

〈安田〉 
最後にもう一つ、学生時代の先生が「本は書いた人の視点に立って読みなさい」と教えてくださって、これも実践しています。書いた人の視点に立つことで、「たぶんこの行間にはこういうことが書きたかったのではないか」などと、文字として書かれていること以上のことが見えてきて、読書の学びがより深くなります。

これからも読書の大切さ、名作に心を洗うことの素晴らしさを伝えて、一人でも多くの人が読書を通じてよりよい人生を実現していってほしいと願っています。


(本記事は月刊『致知』2021年3月号 特集「名作に心を洗う」の記事から一部抜粋・編集したものです)

◇安田登(やすだ・のぼる)
昭和31年千葉県生まれ。高校教師時代に能楽と出合い、ワキ方の重鎮・鏑木岑男師の謡に衝撃を受け27歳で入門。現在は、ワキ方の能楽師として国内外を問わず活躍し、能のメソッドを使った作品の創作、演出、出演などを行う。『身体感覚で「論語」を読みなおす。』(新潮文庫)『NHK100de名著 平家物語』(NHK出版)『野の古典』(紀伊國屋書店)など著書多数。 

◇秋満吉彦(あきみつ・よしひこ)
昭和40年大分県生まれ。熊本大学大学院文学研究科修了後、平成2年NHK入局。ディレクター時代に「B?Sマンガ夜話」「日曜美術館」などを制作。「100de メディア論」(ギャラクシー賞優秀賞)「100de 平和論」(放送文化基金賞優秀賞)等をプロデュースした。現在、NHK Eテレの教養番組「100de 名著」のプロデューサーを担当。著書に『仕事と人生に活かす「名著力」』(生産性出版)『行く先はいつも名著が教えてくれる』(日本実業出版社)などがある。

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