人間は〝草〟だった!? 『古事記』を読むと見えてくる日本人の源流

いまから1300年前に成立したとされる日本最古の歴史書『古事記』には、「稲羽(いなば)のシロウサギ」「オホクニヌシの国譲り」など日本人に親しまれてきた神話、物語が数多く収められています。
今回ご紹介するのは、長年、日本神話の研究に携わってきた千葉大学名誉教授の三浦佑之(すけゆき)さんと、早稲田大学名誉教授の池田雅之さんの対談。
それぞれの研究を通して見えてきた日本人の源流――それは何と、人間は古来「草」と同じ、植物と同様の存在であったと思われる記述でした。

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『古事記』が教える人間の起源

〈三浦〉
私が面白いなと思うのは、『古事記』は、人間の起源、人間の祖先について語っているのではないかということです。

〈池田〉
人間の誕生の起源を語るのは、世界中の神話に見られますが、『古事記』ではどのように語られるのでしょうか。

〈三浦〉
『古事記』の冒頭には天地創造の物語が出てきますが、そこには、霞(かすみ)のような何もない状態から最初の神々が生まれ出てくる様子が次にように描かれています。

 天と地とがはじめて姿を見せた、その時に、高天(たかま)の原に成り出た神の御名(みな)は、アメノミナカヌシ。つぎにタカミムスヒ、つぎにカムムスヒが成り出た。この三柱(みはしら)のお方はみな独り神で、いつのまにやら、その身を隠してしまわれた。

 できたばかりの下の国は、土とは言えぬほどにやわらかくて、椀(まり)に浮かんだ鹿猪(しし)の脂身のさまで、海月(くらげ)なしてゆらゆらと漂(ただよ)っていたが、その時に、泥の中から葦牙(あしかび)のごとくに萌(も)えあがってきたものがあって、そのあらわれ出たお方を、ウマシアシカビヒコヂと言う。

高天原に三柱の神が生まれ、大地がクラゲのように、脂身のように漂っている時に、僅かばかりの泥の中から自ずと萌え出た「ウマシアシカビヒコヂ」。これこそ私は人間の祖先を表しているのだと思っているんです。

「ウマシアシカビヒコヂ」とは、「立派な葦の芽の男神」という意味なのですが、つまり、古代日本人は人間の祖先を葦の芽、植物だと考えていた。

〈池田〉
日本人の祖先は葦の芽。興味深い視点です。生命の起源を植物の芽とか根と捉える視点は、『古事記』特有なものでしょうか。

〈三浦〉
国生みの神として知られるイザナキ、イザナミの物語にも、人間の祖先は草、植物であるという発想が見られます。

女神イザナミは、イザナキと協力して多くの土地と神を生み出しますが、その最後に火の神カグツチを生んだために体を焼かれて命を失いました。イザナキは深く悲しみ、イザナミの後を追って黄泉の国へ行き、そこで腐乱した死体を見てしまう。

震えあがったイザナキは黄泉の国から逃げ出し、醜い姿を見られたイザナミは「恥を掻かせた」と怒って追っ手を遣わしますが、イザナキは地上への通路である黄泉比良坂で、あわやのところで大きな岩を境として封じることによって、難を逃れる。

〈池田〉
熊野の有馬にも同じような話が伝わっていますし、黄泉比良坂は出雲の地にあるともいわれています。また、熊野の花の窟はイザナミの墓といわれていますね。

〈三浦〉
それで、黄泉の国から逃げ帰る途中、イザナキは追ってきた亡者たちに魔よけの呪力を持つ桃の実を投げつけることによって命拾いするのですが、その場面が次のように語られているんです。

……そこでイザナキは、その桃の実に言う。

「汝よ、われを助けたごとくに、葦原の中つ国に生きるところの、命ある青人草(あおひとくさ)が、苦しみの瀬に落ちて患い悩む時に、どうか助けてやってくれ」

最後のほうに「青人草」という言い方が出てきます。これはしばしば、「青々とした草のような人」だと説明されるのですが、私は間違いではないかと思っています。

「草」を人間の比喩だと考えた場合、日本語の語順では「青草人」にならなければいけない。わざわざ「青人草」と言っているのですから、人と草は同格であり、「青々とした人である草」だと考えるほうが自然です。

ですから、繰り返しますが、人は草と同じ存在であって、植物の仲間なんですよ。

〈池田〉
花の窟付近は、大昔は桃の産地で、多くの種が出土しています。桃という果物がイザナキを結果的に助けたという話は意味深いです。日本人は古来、自然界と密接に繋がり生きてきたことが伝わってくるエピソードです。

人間は土から生まれたとする『聖書』の人間誕生神話とは随分違います。


(本記事は月刊『致知』2020年11月号 特集「根を養う」から一部抜粋・編集したものです)

◉神話の時代から、連綿と受け継がれてきた日本人のDNA。『致知』2022年6月号では、池田雅之さんに再びご対談いただきました。
伊勢国一の宮で、猿田彦大神を祀る全国2,000余社の大本宮として、創建2025年の歴史を刻んできた椿大神社(つばきおおかみやしろ)。
 その宮司を務める山本行恭さんとの語らいには、日本人として知っておきたい神話の時代からの知恵が詰まっています。

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◇三浦佑之(みうら・すけゆき)
1946年三重県生まれ。成城大学大学院博士課程単位取得修了。千葉大学文学部教授を経て、立正大学文学部教授。千葉大学名誉教授。専門は古代文学・伝承文学。2003年に『口語訳古事記』(文藝春秋)で第一回角川財団学芸賞受賞。

◇池田雅之(いけだ・まさゆき)
1946年三重県生まれ。早稲田大学文学部英文科卒業。明治大学大学院博士課程修了。ロンドン大学大学院客員研究員。専門は比較文学、比較文化論。小泉八雲、T・S・エリオットなど数多くの訳書を手掛ける翻訳家。早稲田大学名誉教授。NPO法人「鎌倉てらこや」理事長を長らく務め、現在は顧問。

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