歴史に学ぶリーダーシップ研究の集大成 『人望力』発刊に寄せて——瀧澤中【後編】

西郷隆盛、二宮尊徳、徳川家康、ジョンソン大統領……。この度発刊した『人望力』(著・瀧澤中)は、歴史に名を残す偉人たちのリーダーシップを「人望力」というキーワードのもと、徹底的に解剖した話題の一冊です。本記事では刊行を記念して、著者の瀧澤中さんに、制作秘話や本書に込めた思いを語っていただきました。後編では、本書の内容・読みどころを詳しくご解説いただきます。
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書いていて思わず涙がこみ上げてきた

まず、空母「セオドア・ルーズベルト」に関する第一章の部分は、日本国内であまり詳しく触れられていないので、ご参考になるかと。

ここは海上自衛隊の幹部だった方など、専門家のご意見も伺いました。ご意見の多くは軍事的な問題以前の、「部下を率いるトップはいかにあるべきか」という部分に関することで、私自身、たいへん勉強になりました。

その繋がりで言えば、書きながら思わず涙がこみ上げてきたのは旧海軍の鮫島具重中将と板倉光馬少佐の師弟関係。

若き日の板倉少尉(当時)は、酔って巡洋艦「最上」の鮫島艦長を殴るのです。しかし鮫島は板倉を責めない。なぜなのか。そのあと戦後にまで続く長い物語をコンパクトに書きました。「角瓶」のエピソードはぜひ読んでいただきたいですし、引用してほしい部分です。

また、本書の感想をいただいた中で、福田赳夫に関する部分への意外感がたくさんありました。福田赳夫はこれまで主として、強大なライバルであった田中角栄の側から描かれることがほとんどでした。ですからあまりパッとしない(笑)。 

しかし、あの圧倒的な田中派全盛時代に第二の勢力を維持し続けた福田の力が、資金力というよりも福田個人の持つ人望の力であったことはあまり知られていません。そのあたりもお読みいただくと、世の中は「カネと数」だけではないことを感じていただけるのではないでしょうか。

「不敗の名将」たちの共通点

また、リンドン・ジョンソン元大統領はケネディ暗殺によって棚ぼた式に大統領になり、日本では印象の薄いアメリカ大統領ですが、彼がリンカーン以来の人種差別撤廃を推進したことはまぎれもない事実です。

公民権法という、とてつもなく成立困難な法律をどうやって通したのか。これを知れば、テクニックではなく最後は志が人望を引き寄せることをご理解いただけると思います。

「不敗の名将」は歴史上何人かおりますが、中でも第二次大戦中の日本で、陸軍の宮崎繁三郎中将と海軍の木村昌福(まさとみ)中将は、現場指揮官の鏡と言ってよいと思います。圧倒的な敵を前に一歩も引かなかった両者には、共通点がありました。敵を恐れて逃げ出したくなるような戦場で、「この指揮官のもとでなら」と思わせた共通点とは何だったのか。

ほかにも、インパール作戦での「抗命」問題、関ヶ原合戦で徳川家康になだれをうって味方した大名たちの心理などについて触れました。ぜひお読みいただければと思います。

いまなぜ「人望力」が必要なのかーー慕われる理由を問う

OECD(経済協力機構)が2009年に実施した「生徒の学習到達度調査」の統計で、興味深い数字があります。

「ほとんどの教員が生徒のためを思っている」という設問に対して生徒が回答しているのですが、「そう思う」「強くそう思う」という回答はOECDの平均で66%。6割以上の生徒が、「先生は自分たち生徒のことを思ってくれている」、と感じているんです。ところが、日本はなんと、28%なのです。

私はこの数字をはるかに上回る先生方が生徒を思っていると信じて疑いませんが、なぜ生徒がそう感じないのかと考えるとき、もしかしたら、一所懸命教育をされているその方向性に課題があるのではないかと感じるのです。

少し前に、受験のために歴史などの授業時間を削って英語や数学に振り向けた高校が問題になりました。これは、「目的のためなら手段を選ばなくていい」と教師が生徒に言っているのも同じ自殺行為だと私は思いました。結果、受験に成功しても、生徒はそんな先生方を「手本にすべき人間」として敬うでしょうか。

「筆塚」というものがあります。これは寺子屋の先生が亡くなったときに教え子たちがお金を出し合ってつくるものですが、全国各地にたくさん残っています。お金を出して先生の遺徳を偲び石碑を建てる。

たとえば、ある寺子屋に1ヶ月に3文字しか覚えられない子がいました。寺子屋の師匠はその子が生きていく手立てを見つけてあげたいと、酒薦(さかごも)書きを勧めます。お酒の樽に張るラベルの独特な文字ですね。その子はのちに、江戸でも評判の酒薦書きになります。

この師匠はすべての教え子にこういう愛情をかけました。だから慕われ敬われ、筆塚が建つわけです。

「人望力」は誰もが身につく〝心の型〟

ここで特に申し上げたいのは、おそらくこの寺子屋の師匠は、現代の高校の教員よりも知識ははるかに劣っていたであろうということです。それでも寺子屋の師匠に人望があった理由は、その能力ではなく人間性にあったのではないか。能力がある、それだけでは人はついてこないと思います。

教育現場だけではありません。様々な分野で「能力はある、実績もあるのに、なぜかうまくいかない」という人がいる。その原因は、「人望の力の有無」にあるのではないでしょうか。

最初に申し上げたように、「人望力」は能力というよりは、心構えであったり志であったり、他人を思いやる気持ちといった、誰もが心掛ければ身につくものです。

いわば剣道や柔道、あるいは茶道などにある「型」です。

「こういうときはこう言えばいい」といったテクニックとしての〝表面的な型〟ではなく、「こういう人間でありたい」という〝心の型〟です。

その〝心の型〟を最も具体的にしかも豊富な事例を提供してくれるのが歴史です。本書はその事例の一部をご紹介したものです。参考にしていただければ幸いです。

◉〈人望力〉をいかに磨くか? そのヒントは歴史と人物の勉強にある――。瀧澤氏ご登場の『致知』20211月号 はこちらから 瀧澤 中(たきざわ・あたる)
昭和40年東京都生まれ。日本経団連・21世紀政策研究所「日本政治タスクフォース」委員歴任。著書に『「戦国大名」失敗の研究』『「幕末大名」失敗の研究』(共にPHP文庫)『秋山兄弟-好古と真之』(朝日新聞出版)『ビジネスマンのための歴史失敗学講義』(致知出版社)など多数。最新刊に『人望力』(致知出版社)がある。

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