「ONENESS」—— 後遺症と向き合い夢を叶えた画家・水上卓哉が掴んだテーマ

言語障害や手の神経の麻痺……幼少期の交通事故の重い後遺症と向き合いながら、人々の心を癒やし感動させる絵を描き続けている若き画家・水上卓哉氏、30歳。様々な困難に屈することなく努力を重ね、自分の夢を実現してきた水上氏は、新型コロナウイルスの蔓延というピンチもまた、「生き方」を見つめ直すチャンスだと言います。

◉誰の人生にも、よい時と苦しい時があり、その時々で心に響く言葉は違う。仕事にも人生にも、真剣に取り組む人たちの糧になる言葉を――月刊『致知』のエッセンスを毎日のメルマガに凝縮! 登録特典〝人間力を高める三つの秘伝〟も進呈しております。「人間力メルマガ」こちら

ONENESS 命はすべて一つ

――水上さんは、幼い頃の交通事故による後遺症(体の麻痺や高次脳機能障害など)と向き合いながらも、画家として人々の胸を打つ素晴らしい絵を数多く描いてこられました。最近はどのようなテーマに取り組んでいるのですか。

〈水上〉
今年の興味といえば、やはり泥火山、地層です。地球の息づくエネルギー、地層をテーマに描いています。つい先週、秋田県の泥火山を見に行ったばかりなんです。その泥火山は、今年初めにテレビで知ってからずーっと行きたい、見たいと思っていました。

――実際にその泥火山を見て、何か感じることはありましたか。

〈水上〉 
地球は生きている……地球はまだ若々しい星なんだなと感じました。私は地層の露頭や自然研究路などに取材に出かけて、モチーフの声を聴いて、そこで言語ではないやり取りをするんです。

――ああ、声なき声を聴く。

〈水上〉 
そもそも私が地層に興味を持つようになったのは、大学時代に受けた自然学、環境学の授業がきっかけでした。授業で先生が「人間がこの地球を上手に使えば、資源は枯渇しないし、あと5億年は大丈夫かもしれない」とおっしゃって、強烈な印象を受けたんです。また、いまの世の中だけでなく、200年先のことを考えて生きる大切さも授業で学びました。

それから私は、〝ONENESS(一つであること)〟を制作のテーマにするようになったんですね。

――ONENESS、一つであること。

〈水上〉 
ONENESSというのは、200年後の子孫、7代先の子孫にまで美しい地球を残すためにいま私たちは何をすべきかを考えよう、というネイティブアメリカンに伝わる教えでもあります。人も虫も花も動物も、一つの地球に生きる一つの命にすぎない。人間だけが資源を採り過ぎたり、汚し過ぎたり、使い過ぎてはいないかを考える。私はその大切さを伝えることを使命に絵を描いているんです。

――このギャラリーには魚や虫など、生き物を描いた作品も多く展示されています。これもONENESSのテーマを表現されていると。

〈水上〉 
ええ、「生き物シリーズ」と呼んでいますが、自然の生き物のほうが人間よりも地球のために正しく生きているように思うんですよ。「この魚は誰にも媚びていない、いい顔しているなぁ」と言いながら、いつも描いています(笑)。

いまの新型コロナウイルスの蔓延もおそらく地球から人類への警告なのでしょう。自分のことばかり考えたり、誰かを犠牲にして儲けたり、資源を使い過ぎて環境を破壊したり、人間がやりたい放題する時代は終わったんだと。今回のコロナ禍でそのことに一人ひとりが気づき、生き方を選び直していけるかどうかに私たちの運命も掛かっているように感じます。

シェル美術賞2018入選作品『Blue Eyes(ピラルク)』。〝ONENESS〟をテーマに命の輝きを描いた

強い思いがあればピンチはチャンスになる

〈水上〉
(中略)高校に通いながら美大の予備校で受験勉強に取り組む日々は、後遺症のある私にとって本当に大変なものでした。「線はまっすぐ引きなさい」と指導する予備校の先生に対して、「まっすぐ線を引けば私の絵は死んでしまいます」と言ってよく喧嘩しましたし、6時間の試験時間内にデッサンする訓練もチャレンジの連続でした。

できる限りの努力はしたんですけど、結局介助者つきで通学できるところもなく、受験した大学はすべて落ちてしまいました。この時はさすがにショックで高校にも行けず、自分はダメだと、数週間じーっと沈んでいました。

――その辛い状況、人生の壁をどう乗り越えていかれたのですか。

〈水上〉 
立ち直るきっかけはいくつかあるんですが、一つには、「絵の楽しさを思い出させてくださるだけでいいですから」と、母が通わせてくれたある美術研究所の老先生との出会いです。私が「こんなん描けるか!」みたいな態度でいると、先生はボソッと「惜しい。ここに強い表現があれば、この絵はすごく生きるのになぁ。やりたくなきゃ、じっと見てなさい」と言って去っていくんですよ。その先生の態度が私の魂、やる気に火をつけてくれました。

それから、小学校の同級生でピアノの上手な女の子がいたんですけど、彼女に「水上、私のために一枚、絵を描いてくれない?」って言われたんです。それで『わが愛の譜』という作品を描いてプレゼントしたら、とても喜んでくれまして……。誰かのために絵を描いて喜んでもらえたことが、「これでいいんだ」「また描きたいな」っていう意欲に繋がったんです。

――誰かのために絵を描きたいという思いが原動力になった。

〈水上〉 そうして意欲を取り戻した私は、母とまだ受験できる芸大を探し、京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)に通信教育部があることを知って受験。2009年、19歳で洋画コースに入学することができました。

入学後も授業についていくのにものすごく苦労して、3回生を3度経験したこともあったんですけど、冒頭に触れたように、大学の授業で自然学や環境学に触れたことで、現在の「ONENESS」という絵のテーマが定まっていったんです。

そして、大学院修了時には「研究室優秀賞」を受賞し、さらにはシェル美術賞、FACE損保ジャパン日本興亜美術賞など数々の美術賞に入選することもできました。

――水上さんの強い思いがよき出会いやチャンスを引き寄せ、夢を実現に導いてきたのですね。

〈水上〉 
やっぱり、ピンチはチャンスなんです。苦しい時でも、諦めずに自分の思いを周りに伝えていけば、それが「こだまする」というか、どんどん広がってピンチがチャンスになっていくんですよ。(後略)


(本記事は『致知』20211月号 特集「運命をひらく」より一部抜粋・編集したものです) 


王貞治氏、稲盛和夫氏、井村雅代氏、鍵山秀三郎氏、松岡修造氏など、各界トップリーダーもご愛読! あなたの人生、仕事、経営を発展に導く珠玉の教えや体験談が満載、月刊『致知』のご購読・詳細はこちら各界リーダーからの推薦コメントはこちら


致知出版社編集部ブログ

◉ピンチをチャンスに変える「強い思い」はどこから生まれるのでしょうか?『致知』1月号では、交通事故でそれまでの生活を失ってから、いかにして生きる情熱を取り戻してきたのか――ご自身の歩みを詳しくお話しいただいています。

◇水上卓哉(みずかみ・たくや)
平成2年愛知県生まれ。12歳の時の交通事故が原因で障碍が残る。29年京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)大学院芸術研究科(通信教育)芸術環境専攻修士課程美術・工芸領域洋画分野修了。現代美術家協会、名古屋商工会議所会員。22年に初個展「はじめの一歩」を名古屋で、翌年に個展「ひと筆の祈り」を東京・銀座で開催。「シェル美術賞20162018」「FACE2019 損保ジャパン日本興亜美術賞」などに入選。「Galeria 卓」(愛知県清須市)にて作品を制作・展示。令和3113日から19日まで名古屋三越栄店にて『VOICE 地球の声をきく 水上卓哉絵画展』を開催予定。

人間力・仕事力を高める記事をメルマガで受け取る

その他のメルマガご案内はこちら

『致知』には毎号、あなたの人間力を高める記事が掲載されています。
まだお読みでない方は、こちらからお申し込みください。

※お気軽に1年購読 10,500円(1冊あたり875円/税・送料込み)
※おトクな3年購読 28,500円(1冊あたり792円/税・送料込み)

人間学の月刊誌 致知とは

閉じる