家族と過ごすクリスマスに読みたい、心が暖まる聖書の話

外出自粛や在宅勤務の影響を受け、2020年は家族と過ごす時間がぐっと増えたという方も多いでしょう。本来は嬉しいはずのその時間ですが、身近な存在だけに時に感情的に対立したり、辛いことや嫌なことをお互いにぶつけ合って後悔することもあったかもしれません。本記事では、そんな一年の終わりにぜひ読んでほしい、「家族」をテーマにシスター・鈴木秀子さんが聖書の一節を通じて語ったエッセイをお届けいたします。

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子の幸せを願う親の心情

〈鈴木〉
先日、あるグループの仲間と観劇に行く機会がありました。劇場までの道すがら、車を運転していた男性が自分の小さい頃の体験を話してくれました。

その方は裕福な家庭に生まれ、下には愛する弟と妹がいました。弟が突然進行性の難聴と診断されたのは4歳の時でした、驚いた両親は日本中駆けめぐって名医と呼ばれる人のもとを訪ね歩きました。しかし、病気は悪化する一方で、長い闘病生活の末に20代前半で亡くなってしまうのです。

家族はいたく落胆し、家庭内も長い間、重苦しい雰囲気に包まれていました。そのストレスが一つの原因だったのでしょうか、今度は妹が乳がんを発病しました。家族皆が妹の回復のために一所懸命協力し、支え合いましたが、病に打ち勝つことはできず、やはり20代の若さでこの世を去ってしまいます。

両親は2人の回復を心から祈り、自分たちがやれることはすべてやってきたに違いありません。弟が倒れた時は弟に、妹が倒れた時は妹に、ありったけの愛情を注ぎ続けたことでしょう。一方で、男性に対してはかまってあげるだけの余裕はありませんでした。本当なら寂しさのあまり両親に反抗したとしても不思議ではなかったと思います。

しかし、子供のために必死に生きる両親の姿を間近に見ていると、きょうだいに対する嫉妬心は少しも感じることなく、反対に「親というものは、これほどまでに子供のことを思うものなのか」という深い感情が込み上げてきたというのです。

妹が亡くなる前、家族に対して「お父さん、お母さん、お兄ちゃんありがとう。これまでとても幸せな人生でした」と語るのを聞いて、そのことを一層強く実感したといいます。

男性は30年前の辛かった出来事を語るうちに、薄れかけてきた記憶が次々に甦ってくるのを感じた様子でした。

しみじみと当時を振り返りながら、最後にはこのように話をまとめました。

「あの時、両親がどれほどまでに辛い思いをしたか。私も子供を持つ身になって、その気持ちがよく分かるようになりました。きっと我が身に代えてでも子供を治したかった、助けてあげたかったに違いありません。私も生きていく上ではいろいろな辛い出来事を体験しますが、それを一つひとつ乗り越えて生きていけるのは、どんなに苦しくても子供たちに愛情を注ぎ続けた両親の必死な姿を見て育ったからです。そのことを改めていま感じています」

生きていられるのは普通のことではない

辛いお話でしたから、男性と別れた後、私は一人、家族の幸福のためにお祈りを捧げました。

そして次の日、不思議なことがありました。偶然にも、その男性とばったり会ったのです。開口一番、「きょうはとても幸せな気持ちで目が覚めたんですよ」と彼は話を始めました。

昨日、家に帰った男性は他界したきょうだいのことを思い出しながら、いろいろな苦労はあっても人間がこうして生きていられるのは普通のことではないんだ、平穏な生活ができるのは本当にありがたいことだという思いに浸っていたといいます。

そのまま床に就き、朝気持ちよく目を覚ますと、知らないうちに布団の上に正座して「命があって生かされている。ありがとう、ありがとう」と繰り返し唱えていました。

横で寝ていた奥さんがやおら立ち上がって「あなた、何寝ぼけているの。いまさらそんなこと私に言って……」と話しかけたとか。

この一言を聞いて思わず噴き出してしまったそうです。

もちろん男性は、特別に奥さんを意識して感謝の言葉を述べていたわけではありません。これまで多くの支えがあって生かされていること、弟と妹は短命だったけれども大きな愛を与えてくれたことを思い、至福の気持ちに浸っていたのです。

その日の夜、仕事から帰った男性に、子供たちは思わぬ質問をします。

「きょうはお母さんが一日中ニコニコしてとても幸せそうだった。一体何があったの」と。これを聞いて男性は、命が与えられていることを自然体で心からありがたい、当たり前でないと感じた時に、その感謝の思いは、身近な人に伝わり、静かに広がっていくことを感じたのです。

喜びは身近な人から伝わっていく

『新約聖書』のマルコによる福音書の次の一節を味わってみたいと思います。

***
イエズスが舟に乗ろうとされると、あの悪霊につかれていた人がお供したいと願った。しかし、イエズスはそれをお許しにならず、「あなたの家、あなたの家族のもとに帰りなさい。そして、主があなたをあわれみ、あなたにどんなに大きなことをなさったかを、ことごとく告げなさい」と仰せになった。

そこで、その人は立ち去り、イエズスがどんな大きなことを自分になさったかを、デカポリス地方で宣べ伝え始めた。人々は皆驚嘆した。
***

イエスが生きた2000年前、精神的な病になる人は悪霊に憑かれていると考えられていました。『新約聖書』には、イエスが町々を回りながら、いろいろな奇跡を起こしたことが記されています。病人に手を触れ「悪霊よ、出て行きなさい」と言うとたちまち病人は普通に戻った、という話も多く残されています。

ここに登場する人も、その中の一人です。マルコによる福音書には、「正気に返り、着物を着て座っているのを見て(人々は)恐れをなした」とその時の様子が書かれています。

この人は感激のあまり、イエスについていきたいと思い、そのことを願い出ました。おそらく長い間、精神的な病に苦しんできたのでしょう。辛い辛い日々を過ごしていたに違いありません。それだけにイエスに病を癒やされた喜びは計り知れず、「この人しかいない」「いつまでも一緒にいたい」という強い思いに駆られたのだと思います。

しかし、イエスはそれを許さずに、家族の元に帰って自分が体験したことを話すようにおっしゃるのです。どうしてでしょうか。

私たちは何かいいことがあると、その喜びを人に伝えないではいられないものです。悲しみや苦しみは歯を食いしばって耐えることができますが、嬉しいことは思わず人に話してしまいます。

自分の喜びを一番に喜んでくれるのは、誰よりも一緒に住んでいる家族です。最も身近な家族に喜びが伝わって、それが次第に周りに広がり、縁のある人たちが明るく変わっていくことを、イエスはよくご存じだったのです。

いま、私たちは大変厳しい時代に直面しています。世の中をよくするのに法律や制度を改めることも、もちろん大切でしょう。しかし、それ以前に大事なのは、まず自分自身が明るく変わることです。自分と身近な家族が幸せ感を味わって生きるのは、世の中を幸せにしていく第一歩なのだと思います。

私たちは長い長い人類の歴史を経て、いま、この時をともに生きています。日本に住む1億人の中で人と人とが顔見知りになるのは並々ならぬことであり、ましてや、縁あって家族になるのはまさに奇跡としか言いようのない出来事なのです。その事実をはっきりと知らなくてはいけません。

家族は身近な存在だけに、時に感情的に対立したり、辛いことや嫌なことをお互いにぶつけ合うことも少なくありません。尊いご縁で結ばれた間柄であることを忘れて、良いこと、当たり前と思うことはなかなか口にしなくなるものです。多くの人たちが、家族を失って初めてそのありがたさに気づくという現実は、なんと悲しいことではありませんか。私は、日常のどんな些細な出来事でも、家族で喜びを分かち合う雰囲気をつくっていただきたいと願っています。それはいつの間にか周囲の人たちに伝わっていくことでしょう。


(本記事は月刊『致知』2010年6月号 連載「人生を照らす言葉」より一部抜粋・編集したものです)

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◇鈴木秀子(すずき・ひでこ)
東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。聖心女子大学教授を経て、現在国際文学療法学会会長、聖心会会員。日本で初めてエニアグラムを紹介し、第一人者として各地でワークショップなどを行う。著書に『9つの性格』(PHP研究所)『死にゆく者からの言葉』『愛と癒しのコミュニオン』(ともに文藝春秋)『生かされる理由』(幻冬舎)『あなたの心が光でいっぱいになる本』(青春出版社)など多数。最新刊に『幸せになるキーワード』(致知出版社)。

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