2020年11月30日
いま人工知能が凄まじい勢いで進化・発展しています。人工知能はどのように私たちの生き方、未来を変えていくのでしょうか。また、日本はいかに人工知能を活用して、自国の未来を拓いていいけばよいのでしょうか。人工知能研究の第一人者である東京大学特任准教授の松尾豊さんと、経済学の分野から人工知能にアプローチしてきた柳川範之さんに語り合っていただきました。
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牛丼が日本を救う??
(柳川)
……とはいっても、人工知能自体が私たちの進む方向を決めてくれるわけではありませんから、人工知能をうまく活用していくことが必要になると思うんですね。私は日本が人工知能を活用して明るい未来をつくれる可能性は十二分にあると思っています。
ともすれば「自分の仕事が奪われるのではないか」などと、人工知能のマイナス面に関心を持ってしまいがちですが、それは一方では、いままでやっていたことに人手を掛けなくても済むようになるということでもあるんですね。
短期的な話でいえば、これから日本は少子高齢化で人口が減っていくので、人を十分に割けない仕事を人工知能がやってくれれば人手不足の解消にも繋がります。
それから、人間がやると危険だったり、苦痛だったりする仕事を人工知能が代わりに行うことで人的被害も遥かに少なくなっていくはずです。
また、これは松尾さんに伺ったことですが、非常に高画質な人工知能の画像認識を利用して、レントゲン診断などを行えば、これまでお医者さんが見落としていたような病気を見つけることができるかもしれません。これは健康寿命が延びることに繋がるでしょう。
そうしたことはいまに始まったことではなくて、自動車ができれば「馭者を仕事にしていた人はどうなるんだ」とか、パソコンができれば「タイピストが要らなくなるじゃないか」とか、いままでにも起こってきたことなんです。
それでも、自動車やパソコンを皆が一台持つことによってできるようになったこと、そこから生まれてきたサービス、便利になったことは遥かにいっぱいあります。
(松尾)
技術革新によるプラス面のほうが大きいんですね。
(柳川)
やっぱり、人工知能のマイナス面ではなく、プラス面に目を向けて、それをいかに生かす方向に持っていくかを考えていくことが、これからますます大事になります。
(松尾)
車の運転もそうですが、農業や医療、介護、調理など、これまで人が眼を使って行ってきた作業が人工知能で自動化されていくことになれば、相当大きな社会変化が起こることは確かです。ただ、僕もその変化にこそ、大きなチャンスがあるんだと思うんです。
それで、僕は最近「食」がいいんじゃないかと思うようになりましてね。
調理ロボットが発達すれば、調理ロボットを連れて海外で出店することができるようになり、世界のどこででも日本の味を食べられるようになっていくでしょう。
また、画像認識の技術と併わせれば、お客さんがどの料理を食べておいしい顔をしたのか、まずい顔をしたのかをデータとして採ることができるので、例えば、僕がニューヨークのお店でステーキを注文しても、僕好みのステーキを出すことができると。また、その人の健康状態や、宗教とか、いろんな人の嗜好に合わせたメニューを提供するというビジネスもできるようになっていくはずです。
(柳川)
それは面白いですね。
(松尾)
それで、日本食の中でも最初に自動化したらよいなと思っているのが「牛丼」なんですね。
なぜかというと、調理手順が簡単なことに加えて、牛丼だけで一千億円の市場があること。それから、塩や味噌など、味のカスタマイズが激しすぎるラーメンなどと比べ、牛丼は基本的に一つの味でお客様が満足している異常に完成度の高い食だということです。
恐らく他にも完成度の高い食はあって、牛丼を手始めに、そういう安くておいしい食を世界中でつくれるようになれば、グローバルな世界の外食産業を押さえていくことができると思うんですね。
これは独自に算出した数字ですが、僕は世界の外食産業の市場規模は約二千兆円あると考えていて、人工知能を活用してその4分の1でも押さえれば日本のGDPは倍増するはずです。
だから僕は自動運転よりも牛丼が大事だと(笑)。
(柳川)
人工知能研究の第一人者である松尾さんに、「ディープラーニングでできることは何ですか?」と聞いて、「牛丼です」って言われた時には、思わず仰け反ってしまいましたが、いまではだいぶ説得されてきて……(笑)。
(松尾)
最初はすごくばかにしていましたよね(笑)。
(柳川)
ただ、松尾さんの話には大事なポイントが2つあって、1つには、これだけ技術革新が速い中で、これから日本はどこに強みを発揮していくのかを真剣に考えなければいけないということです。
それが牛丼であるかどうかは別にしても、日本の食産業は世界的にも高い評価を受けているのは確かですから、まずその強みにもう少しウエイトを置いていくと。
もう一つは、人工知能に対する発想をもっと柔軟にするということです。
人工知能やディープラーニングと聞くと、ハイテクな機械を利用する高度な業種をイメージしがちですが、実はそうじゃないと。食品産業のように、一見ハイテクとは結びつかないような業種にこそ、人工知能とのよい組み合わせがあって、生産性をすごく上げられるのかもしれません。
(本記事は『致知』2017年8月号 特集「維新する」より一部抜粋したものです。) ◎各界一流プロフェッショナルの珠玉の体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。あなたの人間力を高める、学び続ける習慣をお届けします。 たった3分で手続き完了、1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら。 ≪「あなたの人間力を高める人間力メルマガ」の登録はこちら≫
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◇松尾豊(まつお・ゆたか)
昭和50年香川県生まれ。平成9年東京大学工学部電子情報工学科卒業。14年同大学院博士課程修了。博士(工学)。同年より産業技術総合研究所研究員。17年スタンフォード大学客員研究員。19年より現職。著書に『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』(KADOKAWA)。
◇柳川範之(やながわ・のりゆき)
昭和38年埼玉県生まれ。58年大学入学資格検定試験合格。63年慶應義塾大学経済学部通信教育課程卒業。平成3年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了、5年同大学院博士課程修了。慶應義塾大学経済学部専任講師、東京大学大学院経済学科研究科准教授などを経て、23年より現職。『東大柳川ゼミで経済と人生を学ぶ』(日経ビジネス人文庫)『東大教授が教える独学勉強法』(草思社)『40歳からの会社に頼らない働き方』(ちくま新書)など著書多数。