2020年11月14日
一時期に比べ、やや落ち着きを見せていた新型コロナウイルスの感染者数が、ここに来てまた増加し始めています。GoToキャンペーンが開催されるなど、経済活動が活発化してきている状況でより懸念されるのが、職場内感染です。これに際し、本誌11月号連載「大自然と体心」にて反響のあった、坂本史衣先生(聖路加国際病院QIセンター感染管理室マネジャー)のお話をご紹介いたします。〔※情報は発刊時(10月1日時点)のものによっています〕
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感染リスクはどこにあるか
〈坂本〉
東京都が毎週出しているモニタリング会議報告によれば、接触歴が判明している人の中では、年齢層が上がるほど家庭内感染の比率が増えます。社会活動が活発な20~50代が、職場などの外出先で感染し、家庭内で同居者に広がるためだと考えられています。
したがって、職場での散発的な感染を防ぐことは、家庭内感染を防ぐことにも繋がります。ただし職場内とひと口に言っても、オフィスの中で感染が起きるとは限りません。リスクが高いのはデスクで黙って作業に打ち込んでいる最中より、同僚と過ごすお昼休みや退勤後の食事の場、ロッカールーム、休憩室でマスクを外して行われる近距離での会話です。
職場内で感染が起きる主な経路は飛沫感染、次いで接触感染です。食事の場では必然的にマスクを取ることになるため、対面で話しながら食事をすることで飛沫感染のリスクが高まります。
政府の呼び掛けによって「三密」の回避に対する意識は高まり、現在、多くの人が三密を避ける生活を心掛けていると思います。その一方で、「多くの人が集まって騒いでいる換気の悪い場所」に行かなければ感染しないと考えている人も多いように感じます。
確かにこのような「三密空間」をつくらないことや、そういう場所に行かないことは重要です。ただ、三密空間でなくても飛沫感染は起こり得ます。
調査によれば、二次感染例の約四割が、症状が出る数日前から直前の時期に、一見「元気な」感染者から感染していると報告されています。これは、症状が現れた後に感染性のピークを迎えるインフルエンザやSARSなどと大きく異なる点です。
新型コロナウイルス感染対策を講じる上で知っておくとよいポイントは次の2つです。
一つは、いま説明した無症状の感染者が存在すること。発症の2~3日前から喉のウイルス量が急増し、発症直前から直後に感染性のピークを迎えます。もう一つは、こうした状態の感染者の口や鼻から出る飛沫を最も浴びやすいのが、先述の通り、マスクを着けずに近距離でする会話なのです。
ウイルスは目や鼻、口から侵入し、粘膜の細胞に感染します。顔の粘膜に他人の飛沫が及び得る状況を避けることで感染のリスクを大幅に下げることができます。
飛沫感染・接触感染への対処
職場でソーシャルディスタンスを維持することも大切です。ある程度換気がなされている場所であれば、人と人の間隔は1メートルで十分と言われています。それを保てない状況では、マスクの着用をお勧めします。
ロッカールームや休憩室、社員食堂は一度に利用する人数が多くならないよう、利用時間や人数を制限するなどの方法を検討するとよいと思います。
会議室についても、一度に集まる人数、開催時間、換気をどのように行うかといった点を一つひとつ確認しておくとよいでしょう。例えば、会議室の大きさに応じた定員、開催時間の上限を取り決めて、掲示するのです。換気については、厚生労働省が発行している指針等を参考にしましょう。
会議の参加人数が定員を超えるようなら一部をリモート参加にする、あるいは、そもそも集まる必要があるのかを再考してもよいでしょう。コロナ禍では仕事を柔軟に、効率的に改善することが望ましいのです。
飛沫感染ほどではないにしろ、職場内感染の経路として無視できない接触感染の防ぎ方についてもお伝えしたいと思います。
有効なのは手指衛生です。手指衛生には石鹸と流水による手洗い、もしくは手指消毒の二通りの方法があります。手洗いの大切さは言うまでもありませんが、適切なタイミングと方法を押さえて実施することで、効果は確かなものとなります。
◇タイミング
帰宅時、出社時、食事や調理の前、トイレ・おむつ交換の後、動物やその餌・排泄物に触れた後、ゴミ出しの後、外出先で顔に触れる前 etc.
◇洗い方
用いるのは一般的な石鹸と流水のみ。特別な薬品を使う必要はありません。20~30秒を掛けて満遍なく洗い流しましょう。
①水で手をよく濡らした後、石鹸をつけ、手の平をよくこする
②手の甲を伸ばすようにこする
③指先・爪の間を念入りにこする
④指と指の間を洗う
⑤親指と手の平を捻り洗いする
⑥手首も忘れずに洗う
※順番は違っても構いません。手を満遍なく洗うことが大事です。
手近に水道がない場合は、手指消毒薬を活用しましょう。消毒薬はアルコール(エタノール)濃度が60~80%のものがお薦めです。ポイントは変わらず、手洗いと同じ部位に、20秒ほど掛けて擦り込みます。全体に擦り込む前に乾燥してしまう場合は量を増やしてください。指先や親指、指の間は洗い忘れ・消毒し忘れが生じやすいため、注意が必要です。
また、手洗いと手指消毒の併用は却って手を傷める恐れがありますから、適宜実施可能なほうを選択し、日々継続していってください。万が一感染性のあるウイルスが手に付着しても、顔の粘膜に触れる前に手洗いや消毒ができれば不活化できます。手指衛生を職場内で徹底することで、高確率で接触感染の防止を実現できるはずです。
職場内の環境整備に関しては、水道がある箇所に石鹸とペーパータオルを備えつける、また水道のないロッカー室や社員食堂には手指消毒薬を設置するといった対策を行うとよいでしょう。手指衛生の実施率を上げるため、目に見えやすく、手の届きやすいところに手指消毒液を設置した病院では、実施率が上昇したという報告があります。
また手洗いの実施によって、インフルエンザや胃腸炎の発生率が減るという報告もあります。職場内においても、このように従業員の手指衛生が実施されやすいよう「アクセス」を改善することは、新型コロナウイルスだけでなく、様々な感染症を防ぐ上で重要と言えるかもしれません。
対策をいかに浸透させるか
経営者の中には、職場内でのクラスター(集団感染)発生に不安を抱いている方も多いことでしょう。それに対して一つ言えるのは、当然ながら少なくとも一人の感染者がいればクラスターは発生し得るということです。
故に、従業員の散発的な感染を防ぐ取り組みがクラスターの発生を防ぐことに繋がります。大切なのは既にご説明した感染経路やこれを遮断するための対策に関して、まずは組織のトップが重要性を理解し、職員全員と共有することです。
単に「気をつけましょう」と呼び掛けても、何をすればよいのか分からず、行動に移せない従業員も出てきます。ですから、具体的な対策(アクション)と、なぜこの対策が必要なのかという理由を明確にして、周知を図っていくことが肝腎です。
組織の構成人数が多ければ多いほど、現場への周知は難しくなります。特にいまは大勢で集まるのが難しい状況にありますから、メールやオンライン研修会など、様々な手段で情報伝達を行う必要があります。情報伝達は一度きりで終わらせることなく、複数回行うことも検討しましょう。いくつもの媒体を活用しながら、頻繁に情報を発信することが大事です。
現場の管理者に口伝えするだけでは不十分な場合があります。また、対策の「意識づけ」というのも具体性に欠ける対策ですので、行動変容には至らないことが多々あります。その会社の文化に合わせて、網の目のように情報を行き渡らせる必要があるのです。
(本記事は月刊『致知』2020年11月号 連載「大自然と体心」から一部抜粋・編集したものです) ◎各界一流プロフェッショナルの珠玉の体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。あなたの人間力を高める、学び続ける習慣をお届けします。 たった3分で手続き完了、1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら。 ≪「あなたの人間力を高める人間力メルマガ」の登録はこちら≫
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◇坂本史衣(さかもと・ふみえ)
平成3年聖路加看護大学(現・聖路加国際大学)卒業、9年米国コロンビア大学公衆衛生大学院修了。15年感染管理および疫学認定機構による認定資格(CIC)を取得。日本環境感染学会理事、厚生労働省厚生科学審議会専門委員などを歴任。著書に『感染対策40の鉄則』(医学書院)『基礎から学ぶ医療関連感染対策』(南江堂)など。