榊原病院・高橋幸宏が語る——7,000人の子の命を救った心臓外科医の仕事の流儀

国内トップレベルの小児心臓外科医として知られる榊原記念病院副院長・高橋幸宏氏。約35年間に救った子供たちの命は7,000名。手術の成功率は98.7%に及ぶといいます。高橋氏はこれまでどのような思いで医療現場に立ち続けたのか。そして、これから何を目指すのか。その仕事の流儀を語っていただきました。

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なぜ手術の時間短縮にこだわるのか

――高橋先生は小児心臓外科医として約35年間に7,000名の子を救ってこられたと聞いています。

7,000という数字は確かに一つの区切りではあるのですが、だからどうこうという思いは僕には全くありません。というのも何も終わっていないし、やらなくてはいけないことがまだまだたくさんあるからです。

どの業種もそうでしょうけれども、経験を重ねる度に課せられる仕事が難しくなりますよね。僕はいま64歳で、幸いなことに後輩も育ってきましたので、手術は年間100回程度に抑えながらも、当面は非常に困難で複雑な病変に向き合っていくことになると思います。

心臓手術が他の手術と大きく異なるのは、体外循環によって身体の炎症反応が増幅される点にあります。手術が原因で心臓以外の臓器に悪影響が及ぶことを手術侵襲と言いますが、これにより心臓以外の臓器不全で命を落とすこともあるのです。大人でもそうなのですから、特に赤ん坊の侵襲はより大きくなることがお分かりいただけるはずです。

――小児の手術はそれだけ難しく、危険が伴うものなのですね。

はい。小児心疾患は種類そのものに加えて、他の臓器の合併疾患も多いです。それぞれの疾患に合わせた多くの手術の種類があり、また、同じ疾患であっても症状の発現時期によって別の手術が求められたりと、難易度は個々の子によって随分と異なります。

――高橋先生はそういう中で98.7%という高い成功率を誇っていらっしゃいます。

小児心疾患の手術は、例えば心臓の穴を閉じる、狭くなったところを広げる、血管を繋げるという一つひとつの手技の組み合わせです。複雑になればなるほど、その組み合わせをいかに完璧にやれるかがまず求められます。手技を磨くことに対して後輩をかなり厳しく指導していますが、同時に大切なのはやはり時間なんですね。

心臓手術は心臓を止めて行います。ここには心筋保護液という薬液を用います。大体20分間隔で液を入れながら手術をするのですが、注入している間は執刀医の手が止まることになります。したがって、20分間にどこまで手技を進めるか、そして再度心筋保護液を注入して次の手技に移るか、そのような感覚が外科医には必要です。ボクサーの3分間の時間感覚と同じなんです。

これを僕は「間」と呼んでいますが、「間」を最大限生かし、20分間ごとに停滞しない手技の流れをつくることが侵襲を抑えることになるわけです。

――時間との鬩ぎ合いですね。

最も原始的なようですが、特に小児心臓外科医は時間短縮に徹底してこだわらなくてはいけません。当院では他のご施設と比較しても半分から3分の1の時間で手術を行いますが、それは何よりも患者さんのためなんです。しかし、どんなに努力しても2、3時間心臓を止めて行う複雑な手術手技は存在します。当然、小児の生死に関わる可能性は高くなるわけですから、時間短縮に最大の力を注ぎます。でも、あまりに一つの戦略ばかりにこだわっていると、望まない問題が発生した場合、対応できなくなる。大事なのはポリシーにこだわるのではなく柔軟に、ある意味いい加減にこれらの矛盾に向き合い、要領よく流れをつくっていくことなんです。外科医がいい加減な人種と言われる所以でもあります。

「ICUの夜の帝王」 と呼ばれて

――医師になられたきっかけをお話しください。

おふくろに言わせると、小学校2年生の時から「医者になりたい」と言っていたようです。叔父が宮崎のある病院の院長をやっていて、そこによく遊びに行っていたこともあったのでしょうね。叔父は10,000万人の町民をほぼ一人で診ていて、遊びにも行かず朝から晩まで四六時中働く田舎のー土地神ー的な存在でした。自分もそんな叔父に倣って僻地医療に携わりたいという思いで熊本大学医学部に入りましたが、どこでどう間違ったか、他の外科よりも格好よく見えた、僻地医療とは真逆の心臓外科の道に進むことになりました。

卒業後、東京の代々木にあった榊原記念病院(現在は東京都府中市)への入職を希望しましたが、新米はいらないと断られ、2年間、熊本の日赤病院で初期研修を積んだ後、1983年、榊原記念病院に研修医として採用されました。榊原記念病院は心臓外科の世界的権威・榊原仟先生が設立された病院です。先生は既に亡くなっていましたが、榊原イズムは院内にしっかりと根づいていました。

――榊原イズム?

決して依頼患者を断らないのが榊原イズムです。最も驚いたのは、患者の急変があると、昼夜を問わず医師だけでなく検査技師や放射線技師が多人数すっ飛んでくることでした。その対応の早さを見て「さすがだ」と思いましたね。当時は見るもの、聞くもの、触るものすべてが新鮮で、先輩方の手術でも何でも見逃しては損と考えるようになっていたんです。

それとも関連することなんですが、僕はひと月で25回という病院史上最多の当直回数記録を持っています。それに外科の正職員になるまでの5年間のうち約2年半は病院に泊まり込む「ICU(集中治療室)の夜の帝王」との異名を持っていました。まぁ、労働条件にうるさいいまでは許されないことでしょうけど(笑)。

だけど、いま振り返っても、この5年間の体験は本当に大事だったと思います。それは医師として最初に覚えなくてはならないことの習得です。まだ本格的な手術ができるわけではありませんから、緊急搬送された患者さんに医師や看護師、検査技師などのスタッフがどう対応していくか、仕事の流れはどのようになっているのかをつぶさに観察しました。特に大切なのは偉い先生がいない夜間です。夜間は新米医師と看護師、検査技師だけで診ていくので、ICUをどのようにマネジメントするかはとても重要になってくるのです。術後間もない患者さんを一人で診ることができたこと、また、軽症例でしたが10年ほどで500例近くの心臓手術を経験させていただいたことは、いまでも僕の大切な財産となっています。

――医師としての基礎を自ら体得されていったわけですね。

急変した患者さんに皆で対処していると、スタッフ間に家族的な信頼関係が生まれ、助け合う仲間となっていきます。この体験を通して「大事な時に偶然でもいいから現場にいる」ことの大切さを実感しました。

その頃は多少の犠牲を払ってでも生きた医療を身につけたいという思いがあったと思います。四六時中働く中で十分に考えて工夫し、仲間と笑い合える時間があったからこそ、いまでは楽しい思い出として残っているのだと思います。 

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『7,000人の子の命を救った心臓外科医の仕事の流儀』

『7,000人の子の命を救った心臓外科医の仕事の流儀』(高橋幸宏・著)

(本記事は『致知』』2020年4月号 特集「命ある限り歩き続ける」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇高橋幸宏(たかはし・ゆきひろ)

昭和31年宮崎県生まれ。熊本大学医学部卒業。58年榊原記念病院に勤務。平成15年心臓血管外科主任部長、18年副院長に就任。昨年、キャリアを纏めた『榊原記念病院 低侵襲手術書』を同病院から出版。

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