被害者意識から当事者意識へ——。マラリア死者を半減させた〝命の蚊帳〟に懸ける水野達男さんの転換点

日本人とは考え方も習慣も違う途上国の地で、ビジネスを成功させるには様々な困難がつきまといます。住友化学の一事業として始まったタンザニアでの蚊帳製造に携わり、NPOマラリア・ノーモア・ジャパン専務理事を務められ水野達男さんも、まさにそれを乗り越えて独自の環境ビジネスを成功させた一人です。
マラリアが原因で亡くなる人々を半減させたと言われる「命の蚊帳」は、いかにして形づくられたのか。人生の転換点と深く結びついた背景に迫ります。(お相手は、世界60か国で水事業を展開し、220万を超える人々へ安全な水を届ける日本ポリグル(株)会長・小田兼利さんです)

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まずは品質の大切さ、労働の意義を教え込んだ

〈小田〉
化学メーカーである住友化学におられた水野さんが、どういういきさつでマラリアの撲滅に携わるようになられたのか、興味深いですね。

〈水野〉
私の場合、その動機は明確で、会社の任務です(笑)。住友化学としてはそれまでCSR(企業の社会的責任)として手掛けてきたマラリア対策の防虫蚊帳(かや)を、アフリカで合弁企業をつくるのを機に、収益事業に転換させたいという狙いがあったんですね。

52歳の時でしたが、蚊帳をつくる工場をアフリカのタンザニアで立ち上げることになり、事業の責任者を命じられたんです。

だけど、それまでアフリカなんて行ったことはないし、マラリアのマの字も知らない。住友化学に入社する以前に22年間務めていた外資系企業時代も含めて、私がやってきたのは、もっぱら日本やアメリカ、中南米での農業関連の仕事ばかりでしたから。

私たちに課せられたのは、タンザニアの新工場だけで計1千万張りを製造するという大きなミッションでした。

合弁会社を立ち上げるまでもひと苦労でしたが、本当に大変なのはそこからでした。第一、タンザニアの人たちの価値観や物の見方は日本人とまるっきり違うわけでしょう?

〈小田〉
そうですね。水野さんのおっしゃっている意味は、私もよく分かります。

〈水野〉
最初にぶつかったのが品質の問題でした。同じ品質という言葉でも、私たちが考えるのと、彼らが考えるのとでは全く違っていました。

たかが蚊帳じゃないか、アフリカにはアフリカ流のやり方があるという感覚で、品質に対する意識は実にいい加減。おまけに約束は守らないわ、仕事時間には遅れるわで、そうなるともう品質以前の問題なんですね。

実際、アジアにある大連、ベトナムの工場と比較すると、その差は明らかで、合格率は低くて不良品ばかりでした。工場を立ち上げた2007年に始めた品質改善は、2011年まで実に5年間かかりましたからね。

〔中略〕

〈水野〉
直面した問題をもう1つ言えば、彼らには労働を提供して賃金を稼ぐという概念すらなかったことです。月給を渡すと翌日から会社に来なくなってしまう(笑)。使い終わるまでは来なくていいという発想なんですね。

そこで彼らに貯蓄という概念を話して「10分の1ずつでも残しておけば、1年で1か月分の給料になるよ。さらに熱心に貯めていたら自転車や携帯電話が買えるよ」と教育していったんです。

タンザニアの蚊帳事業関連では最大7,000名の現地従業員を雇用しましたが、日本の産業革命時代の織物工場と同じように1,400名分の寮を設置して労働環境を整えていったのは、そういう教育的な意味合いもあったからなんです。

〈小田〉
いまアフリカで雇用を生み出すことは容易ではありません。水野さんたちがやられたのは、とても意義あることだと思います。

被害者意識を払拭できた瞬間

〈小田〉
水野さんたちがタンザニアに立ち上げられた防虫蚊帳の工場の経営は、その後、うまくいったのですか。

〈水野〉
未知の海外市場で会社の柱となるビジネスを立ち上げたわけですから、私自身も必死でした。

製造計画を立てて原価のコントロールを行い、販路を拡大し、売り上げを伸ばすといった、これまでの経験に基づいてやったのですが、出だしから躓きました。

先ほど申し上げた品質管理や販売ルートなどの問題もあって思うようには売れず、半年余りの間に約700万張り、一張り5㌦で計算しても35億円分の在庫を抱えることになってしまったんです。これは実に頭が痛かったですね。

いきなりこの規模の赤字を抱えるなど初めての経験でしたし、大口の買い手である国連機関や国際NGOに何とか売り込めないかとか、そんなことで頭の中はいっぱいでした。

しかも、その頃は渉外を一人でこなしていて、アフリカの新工場とアジアにある2つの工場、ヨーロッパとアメリカの国連機関、日本の本社を年中飛び回っていました。日本にいる時も部下や取引先と夜中まで電話やメールでやりとりする「24時間戦えますか」の世界です(笑)。

心労や過労が重なったのでしょうね。アフリカ事業を担当した翌年、日本にいる時に突然腰が抜けて動けなくなってしまったんです。

医者からは鬱状態と診断され、とても休めない状態だったのに40日間、自宅で休養することを余儀なくされました。

〈小田〉
それは大変でしたね。

〈水野〉
「まともに仕事に復帰できるかどうか分からない。仮に仕事に戻れても、アフリカの事業がうまくいくはずがない」「これで俺のキャリアは終わったな」。

最初の20日間ほどは一日中、そんなことばかり考えていました。自分の人生にこれほど失望したことはなかったですね。

左が小田さん、右が水野さん

でも、いま思い返しても不思議だったのは、いくらか体が回復してきた時、それまで忘れていたアフリカの一人の女性の姿をふと思い出したんです。

それはワシントンDCの国連基金事務所で見たビデオに映っていたウガンダの若い母親です。マラリアで高熱を出し病院のベッドで寝ていた赤ちゃんが亡くなった時、少し後ろで見ていた母親は悲しみのあまり、あらぬ方向を見つめて病室の中をあっちへ行ったり、こっちへ行ったりしていた。

この映像を見た時、私は衝撃のあまり涙が止まりませんでしたが、仕事の忙しさに紛れてずっと忘れていました。自分がどん底にあってこの映像が甦ってきた時、ある強烈な思いが私の心の中から湧き上がってきたんです。

「おまえが本当にやるべきなのは、こんなふうに子供を亡くして悲しむ人を少しでも減らすことではないのか」と。

〈小田〉
水野さんのその心の変化は事業にも影響を与えましたか。

〈水野〉
何のため、誰のために仕事しているのかを一人でじっくり考えました。そして、それが明確になるといろいろなアイデアが湧いてくるんですね。

「そうだ。いまこの瞬間も、うちの蚊帳を必要としている人は大勢いる。当面は赤字でも、安い値段で供給すれば、いずれ在庫がなくなり工場の稼働率が上がって、製造コストも下がるんじゃないか」

その閃きが大きく道をひらいてくれたんです。

考えたら、それまでの私は被害者意識だけで事業をやっていました。大会社のCSR事業だからうまくいくと簡単に考えていたのが、蓋を開けたらいままでの経験は何も生きない。マーケティング、アカウンティング(会計、経理)、フィナンシャルの理論も役には立たない。ただただ思いの通じない現地の人と日々向き合っていかなくてはいけない。

だから、すべて「キャリアを積んできた俺が何でこんなことをやらなきゃいけないんだ」という意識ですよ。

それが当事者意識に変わった途端、「売り上げや利益を求めるより、まずは一人でも多くの困った人たちに蚊帳を届けるんだ」と考え方が180度変わりました。実際、赤字覚悟で価格を下げて国際機関に販売しました。蚊帳を倉庫に山積みしていても、何の役にも立ちませんからね。腐りもしませんがね(笑)。

すると急に次々に入札、新しい注文が入ってきました。スタッフにも自然に熱が入って目の色が変わり、品質もよくなっていくんですね。不思議なものです。当初赤字だった事業は、2年後の2010年には黒字転換を果たすことができました。


(本記事は『致知』2016年8月号 特集「思いを伝承する」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇水野達男(みずの・たつお)
昭和30年生まれ。北海道大学農学部卒業。22年間の米外資系企業勤務を経て、平成11年住友化学に入社。農業製品のマーケティングを手掛けた後、タンザニアでマラリア予防蚊帳を製造・販売する事業の日本側リーダーに就任。24年からNPOマラリア・ノーモア・ジャパン専務理事。著書に『人生の折り返し地点で、僕は少しだけ世界を変えたいと思った。』(英治出版)。

◇小田兼利(おだ・かねとし)
昭和16年熊本県生まれ。39年大阪大学基礎工学部を卒業後、ダイキン工業に入社。47年に独立。平成14年日本ポリグルを創業。発展途上国に綺麗な生水を提供する同社の取り組みは、国内外から広く注目を集めている。

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