ディズニー、NASAに頼られる驚異の町工場・ヒルトップ山本昌作氏に訊く改革の原点

もともとは小さな町工場だったヒルトップと浜野製作所。両社を牽引し、社会の耳目を集める有名企業へと変革したのが山本昌作さんと浜野慶一さんです。両社に共通していること、それは変革の過程で工場が火災に見舞われるなどし、絶体絶命の状況を潜り抜けてきた歩みです。今回はヒルトップ副社長・山本さんのお話から、ディズニーやNASAをはじめ錚々たる世界的企業・団体から部品を受注する原点となったお話をご紹介します。

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人間らしい働きをしてほしい

〈山本〉
僕の場合には事業構造を変えるという発想はありませんでしたが、孫請けの町工場としてただただ労働し、対価を得るという構図の中で、人間としてのあり方はこれでいいのかという疑問をずっと抱き続けていました。

〈浜野〉
山本さんの会社は、ご両親が全聾となられたご長男さんを慮って興されたんですよね。

〈山本〉
ええ。私の兄(現社長・山本正範氏)が2歳の頃、薬の副作用で全聾となり、将来、生活に困ることのないようにと1961年、父が立ち上げた自動車部品メーカーの山本精工所がヒルトップの前身です。父はもともと製造業とは無縁の人間で、職人でも技術者でもなく、商売もやったことがありません。ですから、家族を含めて6、7人ほどと規模は小さく、孫請けとしてただ搾取される典型的な町工場でした。

よく「油だらけになって働く」という表現をしますね。うちの場合、それはちょっとやそっとではなくて、両親とも頭のてっぺんから足の爪先まで本当に油だらけになって働くんです。

前掛けで油を防ぐんですけど、この前掛けが何と新聞紙なんですね。ベトベトになると新しい新聞紙に取り替える。両親には心から感謝しているのですが、どうしてこんなに報われない仕事をやっているんだろうと、僕はずっと思っていましたね。

〈浜野〉
よく分かります。

〈山本〉
そんなふうですから、僕は父の会社に勤める気持ちなどさらさらなく、大学を出ると商社に入る予定でいました。ところが、そのことを母に話すとおとなしい母が人が変わったように怒り出しましてね。最後には大泣きされて、やむなく山本精工所に入ったというのが正直なところです。

入社してからも、町工場の人間はどうして何も考えずに仕事をしているのか、その違和感は日ごとに膨らんでいきました。ルーティンに支配されることのない知識労働を増やさないと、このままでは会社の未来はないと痛感したんですね。

そこからはこのルーティンからどうすれば離脱できるのか、そればかりを考えるようになりました。

〈浜野〉
人間らしく生きたい、社員にも人間らしい働きをしてほしいというのが山本さんの一貫した願いですものね。

〈山本〉
その意味では、いまヒルトップに見学にお見えになる方々が「社員が明るい」「いきいきと働いている」と帰る間際に必ず言ってくださるのは、僕にとって一番の褒め言葉ですね。

職人技をすべてデジタル化!?

〈浜野〉
せっかくの機会ですし、山本さんがどのように改革を進められていったかという話も、ぜひお話しください。

〈山本〉
自分の会社がやっていることは間違っていると思ったので、僕は入社して数年経った頃、親会社から受注していた八割の仕事を止める決断をしました。

「親会社からは毎年5~8%のコストダウンを求められる。利益を確保するには、労働時間を延長する以外にはない。このままだとジリ貧になってしまう」。

そう言って父を説得したのですが、正直、大量生産そのものに対する凄まじいまでの抵抗感がありましたね。

もちろん、父は「止めてどうするんだ。8割のお客さんだぞ」と強く反対しましたが、「大丈夫、俺が全部仕事を取ってくるから」と説き伏せました。いま思っても、無謀な決断だったと思いますが、僕にはその頃から思いが強ければ物事は成就するという信念があったんです。

〈浜野〉
こうしようという、何か秘策のようなものはあったのですか。

〈山本〉
何もありません。ただただ変えたかった(笑)。出社後は、京都の中小企業振興公社に日参をしてお客様を紹介していただき、その足で訪問しました。けんもほろろに断られることがほとんどなわけですが、訪問した以上、一枚でもいいから部品製造の図面を奪ってこよう、それまでは帰らない、と自分で決めていました。

なけなしのお金を叩いて、コンピュータの操作で工作ができるNC旋盤を入れたのもその頃です。しかし、従来あった手動の旋盤すら使いこなしきれていない自分たちにNC旋盤が使えるわけがありません。仕事を奪ってきても、自分たちでは何一つ満足にできないことに、ようやく気づかされました。結局は知り合いの職人さんにお願いして製品をつくっていただくわけですから、全部赤字です。

言ってみたら、その頃の僕たちは何でも屋なんですよ。鉄もアルミニウムもステンレスも真鍮も、言われるまま何にでもチャレンジしました。それでも3年ほど経った頃には、少しずつ利益を出せるようにはなりましたけれども。

〈浜野〉
そのジレンマからどのようにして抜け出されたのですか。

〈山本〉
僕は職人さんに仕事をお願いした時、その作業をいつも傍で見せてもらっていたんです。

動きを観察していて分かったのは、こういう数式で計算するとすぐに分かるのにな、もっと効率的にできるのにな、と思うようなことを、職人さんはすべて手探りでやっていることでした。そこで職人術を情報として整理してデジタル化すれば、機械を使って同じようなことができると考えたんです。

この時、参考になったのが松下電器産業(現・パナソニック)の炊飯器事業部のライスレディたちの話です。「初めちょろちょろ、中ぱっぱ、赤子泣いても蓋取るな」という昔からのご飯の炊き方を、実に半年間かけて一つひとつを数値化してご飯の色つや、粘りが出せるようにした。この話を聞いて、「これだ」と思いましたね。

もう一つ、マクドナルドに昨日きょう入ったアルバイトの子がハンバーグを焼ける、という話も衝撃的でした。その秘密を知りたいと思って、何度も何度もマクドナルドに足を運んだ時期があります。

要はルーティンでやっていることは、その仕事を必ず機械で再現できることを確信したんですね。現場に行かなきゃ分からないものを行かなくても分かるようにする。そのためには工場内を完全にデジタル化して、一度やったことを再現できるようにしよう、と。

そう考えるようになった頃から、自分の目指す方向がはっきりと定まりました。それまで職人技に頼っていた仕事を機械で行うことによって、人間には豊かな知識労働に充当する時間が与えられ、そこにやり甲斐が生まれる。僕が求めていたのは、まさにそこだったんです。それから35年をかけて、職人技だった加工技術を完全にデータ化し、独自のヒルトップ・システムを確立していきました。

〈浜野〉
ヒルトップさんに伺うと、とても工場とは思えないほど、おしゃれなオフィスで若い人たちがパソコンに向かい、工場では無人の機械が静かに作動している。よくここまでやってこられたものだと、いつも感心しています。

(本記事は月刊『致知』2019年10月号「情熱にまさる能力なし」から一部抜粋・編集したものです)

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◇浜野慶一(はまの・けいいち)
昭和37年東京都生まれ。東海大学政治経済学部卒業後、都内の精密板金加工メーカーに就職。平成5年先代の死去に伴い浜野製作所社長に就任、設計・開発や多品種少量の精密板金加工などの他、電気自動車「HOKUSI」、深海探査艇「江戸っ子1号」の開発にも携わる。著書に『大廃業時代の町工場生き残り戦略』(リバネス出版)。

◇山本昌作(やまもと・しょうさく)
昭和29年京都府生まれ。立命館大学経営学部卒業後、父親が創業した山本精工所(現・HILLTOP)に入社。鉄工所でありながら、量産、ルーティンのない会社へと変革。現在では、スーパーゼネコンやウオルト・ディズニー、NASAなどの仕事も請け負っている。名古屋工業大学工学部講師。著書に『ディズニー、NASAが認めた遊ぶ鉄工所』(ダイヤモンド社)。

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