2021年09月24日
荒海に突き落とされたような不安感――生まれたご長男がダウン症であると聞かされた時のことを、内海智子さんはこう語られます。知的障がいのある子どもたちの芸能プロダクションの立ち上げに携わり、現在は彼らの様々な能力を引き出す専門のスクールを運営されている内海さん。障がいのある子ども、そしてその親もイキイキと笑顔で生きられる社会は、一体どうすれば実現するのか? 内海さんの体験には、そのヒントが詰まっているように思えます。
(写真=内海智子さん提供:演劇公演「21番目の素敵な出逢い」の様子。イキイキと振る舞うダウン症のある子どもたちのひたむきな姿に、女優の常盤貴子さん〈右端〉も共感している)
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ダウン症の長男・隼吾を授かって
〈内海〉
いまから26年前、34歳で長男・隼吾を授かった時のことです。血液検査の後、診断名を主治医から告げられ、頭が真っ白になりました。
「検査の結果、お子さんには21番目の染色体が3本あり、先天性の異常が認められました。ダウン症です」
母として、障がいのある子をちゃんと育てられるだろうか、自分はこれまでと違う道を行くことになるのだろうか……この時、私の心は荒海に突き落とされたような不安感でいっぱいでした。
しかし、地元神奈川の療育施設をいくつか訪れる中で、障がいのある子を何ら特別視せず、その子が笑顔でいることを大切にする親や職員さんたちと出逢いました。
不安だらけだった私にはその姿がとても眩しく、また無邪気に笑う隼吾を見ながら、たとえダウン症があっても隼吾は隼吾、愛する息子であることには何も変わりがない。すべては心のありよう次第なのだと、徐々に気持ちを切り替えることができました。翌年には次男の竜太も生まれ、子育てに追われる日々が続きました。
映画『八日目』の衝撃
隼吾が2歳の時、あるニュースが飛び込んできました。仏映画『八日目』に主演したダウン症のベルギー人俳優が、カンヌ国際映画祭で主演男優賞に輝いたというのです。
私はすぐさま配給元に連絡を取り、試写会の情報を入手。そこで観た主演俳優の堂々たる演技に、ダウン症があってもこんなに素晴らしい表現ができるのかと心底感動しました。と同時に、どこかで息子の可能性を信じ切れずにいた自分の不甲斐なさを猛省し、この感動を他のダウン症がある子の親、そして世の中に私が率先して伝えなくてはいけないと強く思ったのです。
出産前にライターをしていた頃の伝手を辿り、「記事を書かせてほしい」と頼み込みました。すると『AERA』をはじめ数誌への掲載が決まり、それと共に地元の映画館に働きかけたことで2週間の特別上映も実現し、「ダウン症」という障がいの可能性や魅力を発信することができたと思います。この映画との出逢いが、自らの子育てを前向きに捉え、ダウン症をもっと知ってもらいたいと願い、活動する原点となったのでした。
隼吾の持っている可能性を見つけようと、様々な習い事をさせてあげる中で、プロの俳優がボランティアで関わり、子供たちにダンスを教える東京のミュージカルスクールに通うことになりました。1999年、彼が5歳の頃です。
初めて迎えた公演で、私はあることに気づきました。大変ぎこちないものの、隼吾が「本当に楽しい!」と言わんばかりの笑顔を振りまいて踊っているではありませんか。舞台で表現することが、彼をこんなにも生き生き輝かせるのかと感動しました。
障がいがあるゆえに体力がなく、2回目の公演の前日は練習に疲れてしまい、本番当日の朝も「行かない」と言って起きようとしませんでした。けれども朝食の後、居間のカーテンの陰に隠れてもぞもぞと歌っている彼を見つけて、「本当は舞台に出たいんでしょう?」と訊くと、輝く笑顔で「うん」と頷きました。
急ぎ着替えを済ませて会場に飛んでいき、何とか開演前に到着。楽屋に送り届けて、私は客席に着きました。すると舞台には、見違えるほど元気に歌い踊る隼吾の姿があったのです。好きなものを懸命に表現して、それを皆に見てもらうことがその子の自信、成長に繋がる。私はそう確信すると共に、隼吾の友達や他の障がいのある子たちにも、ぜひこのような体験をしてほしいと強く感じました。
知らないなんて、もったいない!
有志の賛同を得て、NPO法人ドリームエナジープロジェクト(ドリプロ)を設立したのは2013年です。それまで子育てや様々な活動を通して多様な障がいを持った子供たちと出逢った中で、彼らの可能性に注目し、伸ばしていく場がなかなかないことに思い至ってのことでした。
ドリプロでは、歌やダンス、美術、書道、タブレットなど10の講座を毎週末に設け、講師が障がい児たちと学ぶ喜びを分かち合います。また、2016年から、「21番目の素敵な出逢い」という演劇公演も行っています。この公演では、障がいのある子たちが演者になって、命の誕生の素晴らしさを寓話的な物語に託して描いていきます。
当初は、うまく話せない子のために、ナレーションに合わせて身振りや表情、短いセリフでの構成を考えていました。ところが、練習するうちに彼らのセリフがだんだん聞き取れるようになり、ナレーションが必要なくなってしまいました。さらに、顔を上げられなかったり、囁き声だったりした子たちが、励まされ褒められると目を輝かせて喜び、自信をつけていったのです。彼ら特有の剽軽さやユニークさがどんどん出てきて、味のあるお芝居ができました。
欠けている「マイナス」ではなく、「可能性」という「プラス」を見つけてあげれば、子供たちは笑顔になり、生き生きと伸びていきます。私はありったけの生きる喜びを溢れさせる彼らの笑顔に魅せられ、それをもっと見たくて歩んできたようなものです。
最近、隼吾に「ママは隼吾が笑顔だと幸せだよ。隼吾はどんなときが幸せ?」と尋ねると、こんな言葉が返ってきました。「自然と笑顔になっちゃうとき」。ダウン症の子は特に、好きなことを嬉々として探求し、一心に伸びようとする素敵な魅力を宿しています。一人でも多くの子が笑顔を咲かせ、社会全体がその魅力に気づいてくれることを、私は心から夢見ています。
(本記事は月刊『致知』2020年7月号 連載「致知随想」より一部を抜粋・再編集したものです) ◎各界一流プロフェッショナルの珠玉の体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。あなたの人間力を高める、学び続ける習慣をお届けします。 たった3分で手続き完了、1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら。
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◇内海智子(うつみ・さとこ)
東京都葛飾区生まれ。大学卒業後、教職を経て業界新聞社勤務。結婚を機にフリーライター。文化施設のプランニングなどに携わる。ダウン症の長男の育児中、映画「八日目」と出会う。ダウン症だから……と諦めてはいけない、可能性は必ずあると勇気を得て育児に臨む。障がい児と健常児とプロが同じ舞台に上がるミュージカルグループ「ホットジェネレーション」神奈川校を立ち上げる。また、知的障がい児の芸能プロダクションの立ち上げ、運営に3年間関わる。