“断崖ギリギリ”にある進化の道を求めて—— 水族館プロデューサー・中村 元

新江の島水族館、サンシャイン水族館をはじめ、山奥という立地で集客に苦しむ「山の水族館」を僅か1年で来館者30万人に飛躍させるなど、各地の水族館を次々と再生させている中村 元氏。厳しい条件の下、事態を打開する適切な手を打ち続けることができる理由とは――。 “水族館プロデュース”というユニークな仕事に懸ける思いと道を拓くための秘訣を伺いました。

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「山の水族館」プロデュース秘話

〈中村〉 

僕のところに来る仕事っていうのは、もう打つ手が分からないというところばかりなんです。正直言って、僕も最初は分かりませんけど、一所懸命考えながら手を打っていけば、どこもまだ伸びる余地はあると思うんですけどね。

山の水族館なんか、どん底もいいとこでした。来館者数は年間1万9千人ちょっとで、大きな水族館なら1日で入る人数です。予算は建物も入れて3億円もありませんでしたから、最初は厳しいと思いました。だって3億って、ちょっとした豪邸を建てればすぐに出ていってしまう額でしょう。僕も集客のプロを謳っているからには、ただ3億円で水族館ができましたっていうだけじゃ全然ダメで、やっぱり来館者数を10倍ぐらいにはしたいわけですよ。

ただ、お客さんを集めるためにいろいろ考えても、それがお客さんに伝わらないとダメで、メディアが面白いと思うくらいのものにしなければならないというのが基本なんですね。ところがそこにいるのはサケの仲間とお店でも買える熱帯魚だけで、新しい魚を買う余裕なんて全然なかったんです。

(――それで、どうされたのですか。)

〈中村〉

僕は水族館のプロデュースに「水塊」という考えを持っているんですけど、この「水塊」をここで演出するにはどうしたらいいかと考えたんです。

(――「水塊」とはなんですか?)

〈中村〉 

水の存在感、水中に入ったような感覚を与えられるものを僕は自分で「水塊」と呼んでいて、お客さんはそれに触れることで癒やされたり感動したりするんです。

川で普通に泳いでいるサケなんかわざわざ水族館まで見に行こうとは思わないけれども、水中に入ったような景観をうまくつくれば、魚はなんでも魅力的に見える。そこで考えたのが、普通に上から見たのでは様子が分からない、ちょっと不思議な場所、滝壺なんです。

(――滝壺に着目を。)

〈中村〉 

ええ、滝壺を下から見上げられるような水塊をつくろうと。これだったら大きな水槽は要らないし、水面の泡で天井が隠れるのでたっぷりと水中感を味わえる。これでまず1つ目玉ができました。

もう1つは、あそこには1メートル以上もある大きなイトウがいたんです。天然物らしいんですが、顔が変形していなくて傷もない。聞いたら地下水が凄くいいんです。だったら濾過の機械も必要ないから、水槽を大きくしても費用は変わらない。そこで、イトウの群れが見られる大きな水槽をつくって2つ目の目玉にしました。

できればもう1つ巨大水槽が欲しいけれどもお金がない。ならば外に穴を掘って激流を流せば、いままでどこもやっていない美しい川の水槽ができるだろうと。

ということで、水塊づくりで3つの目玉が決まったんです。

(――集客の見通しが立った。)

〈中村〉 

いえ、1年くらいは人を呼べるでしょうが、あそこは山奥だから何回も来てはくれません。

実はその水族館はおんねゆ温泉という温泉地のど真ん中にあって、もともと温泉地の活性化のためにつくられたんです。だったら温泉地そのものを有名にできれば水族館の価値もまた上がります。

その時に気づいたことの1つが、そこの熱帯魚がとっても大きくて、体が綺麗なんです。現地の温泉のお湯で飼っているとどんどん大きくなるんだと。そこで、熱帯魚が育ったお湯を「魔法の温泉水」と名づけたんです。「魔法の温泉水」で飼っているから大きく美しく育つんですよと。温泉の効能を一発でアピールできるわけです。

加えて、周りが雪だらけの真冬でも露天風呂に入れることをアピールしました。私も入ってみたんですが、髪の毛がパリパリに凍るんです。そんな体験、日本中どこでもできませんから冬の集客が見込めるようになる。その際に、先ほどの川の水槽の表面も凍らせて、氷の下で魚が泳いでいるのが見られる、世界初の水槽にしました。

そういうアイデアの組み合わせで、どこの水族館にもいる魚ばかりで設備も安価だけれども、とても話題性のある水族館ができあがったのです。1年目でそれまでの15倍の年間来館者数30万人を実現しました。

断崖ギリギリに進化の道がある

(――斬新なアイデアを次々と生み出す秘訣はなんですか。)

〈中村〉 

常識を常に疑っているんです。みんながそうだと言っていることは、本当にそうだろうかと、その奥を考えたくなる。

ですから結構理屈っぽいですね。理屈っぽいというのは凄く大切で、自分の哲学をつくります。絶対にこうなんだって自信を持って言い切らなければならないプロデューサーは、しっかりした自分の哲学を持っていなければなりません。こちらの企画に皆が戸惑うようなことがあっても、ちゃんと説得しなくてはいけませんから。

(――各館とも厳しい条件の中で再生を実現していくのは至難の業です。)

〈中村〉 

僕は逆境であればあるほど頭が働くんです。お金はいくらでもあるから自由に考えてくださいって言われると、逆に考えられなくなる。だけど逆境では道は限られているから見つけやすいじゃないですか。

ですから僕は、わりに順境の時でも断崖ギリギリまで行くことにしているんです。絶壁でこそ力が出るし、そんなギリギリのところに優秀な人は来ませんから、僕の力でも勝てる。そこにやっぱり進化の道があるんですね。

生物が進化するのは、存亡の瀬戸際に追い込まれた時です。キリンの首が長くなったのも、シマウマに餌を奪られてしまうからでしょう。大きな進化ってギリギリのところにあるんですよ。

山の水族館の前に手掛けた東京池袋のサンシャイン水族館は、海から遠く、都会の高層ビルの上にあるために大量の水が使えない。敷地の半分が屋上にあって屋根がつくれない。夏は設置した椅子が座れないくらい熱くなるし、冬は逆に寒過ぎ、来館者数は年間70万人に落ち込んでいました。

そこで僕は、屋上を緑化して庭園にしました。屋上緑化で有名な玉川髙島屋を調べて、最悪の環境を「天空のオアシス」というコンセプトに転換し、オープン1年で来館者数224万人を記録しました。

大事なことは、自分のダメなところを直視することだと思います。弱点を克服しようと思わずに、武器にすることを考えていくと、道は開けると思います。

(本記事は『致知』2014年1月号 特集「君子、時中す」より一部を抜粋・編集したものです。)

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◇中村 元(なかむら・はじめ)  

昭和31年三重県生まれ。55年成城大学経済学部卒業。鳥羽水族館入社。飼育係、企画室長などを経て副館長。平成14年同水族館を退職して独立。日本初の水族館プロデューサーとして、新江ノ島水族館、サンシャイン水族館、山の水族館を成功に導いてきた。現在も複数の水族館計画に携わる。著書に『中村元の水族館ガイド115』(長崎出版)『水族館の通になる』(祥伝社新書)など多数。

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