1歳までにしっかりと愛情を注ぐこと——吉本隆明が語った【私の子育て論】

ITの急速な発達や社会制度の変容に伴い、より一層複雑・高度化する社会の中で、昨今の少年犯罪は深刻化しているように見えてなりません。その原因は様々に考えられますが、評論家の吉本隆明さんは生前、折あるごとに父性と母性の重要性を強調していました。東洋思想家の安岡正篤師の言葉に「父は敬の的、母は愛の座」とあります。それぞれの役割とは何なのか、吉本さんの体験的子育て論を『致知』2000年12月号よりご紹介します。

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1歳まできちんと愛情を注いだら、いい子に育っていく

〈吉本〉
父性と母性ということでは、ある年齢以下では母親が主体となり、次第に年齢が上がるにつれて父親の領域に入ってきます。とくにこれはフロイトの考えを取り入れた私の持論で、あまり皆さんには承認していただけないのですが、身体の機能が完全に整ってくる妊娠7か月ぐらいから、生後1歳未満までの責任は母親にあると思っています。

7、8か月ごろの胎児を超音波映像で見たことがあるのですが、母親を不意に驚かしたりすると、胎児は体をぐっと縮めてしまいます。

母親が驚いただけで、胎児はこのように萎縮してしまうのですから、これが持続的に夫婦仲が悪くて、しょっちゅう夫婦喧嘩をしていたり、経済的に困っていて、子どもどころではないという心理状態で母親が過ごしていたとしたら、胎児は常に萎縮しながら過ごすということになります。

また、生まれてから歩けるようになる一歳未満までの赤ん坊にとって、母親は全世界です。授乳から排泄の世話、さらには場所の移動まで、すべて母親に頼るしかありません。そのときに、

「本当は子どもなんか欲しくなかったのに、できてしまったから仕方なく産んだ」

と思いながら、母親がいやいやお乳を与えていたりしたとしたら、そうした心理状態はすぐに子どもにうつってしまいます。その子どもの無意識は荒れ放題に荒れていると思ったほうがいいでしょう。

この時期の母親の心理状態はそのまま子どもの潜在意識に植え付けられ、その後の人格形成に決定的な影響を与えます。言い換えれば、1歳まで大切にしっかりと育てれば、あとは放っておいても、将来グレたり精神異常になったりすることはまずないと思っています。

よく生徒が殺傷事件のようなものを起こしたりすると、学校の先生が生徒を集めて、「生命の大切さを知らなければならない」と諭したりしている場面が報道されたりしますが、それではもうすでに遅いのです。1歳未満までの間に、母親が心からかわいがってその子を育てていれば、生命の大切さというものはひとりでにその子の潜在意識の中に植え付けられるものだからです。

ぼくのうちには猫がいますけれど、猫ですら野良猫と家猫とでは全然違います。野良猫は家猫と同じようにかわいがって、すっかりうちとけているように見えても、ちょっと仕事が忙しくて冷たくしようものなら、野良猫根性むき出しで本気でかみついたりします。家猫のほうは、かむことはあるけれど、ふざけてかむぐらいのものです。これも無意識の違いだと思います。

その意味からも、働いている女性には産休というものをちゃんと認めなければいけないです。子どもを1歳まで心から愛情を注いで育てることができたら、たとえその後働きに出て、ろくに子どもの世話ができなくても、その子は必ずいい子に育つはずです。

母親の愛情は無償であった

子育ては母性がしっかりしていれば、大部分はうまくいきます。そのため、子育てに占める父性の役割はそれほど大きくないようにみえますが、ぼくは父親が亡くなってはじめて父性の重要性を知りました。

だんだん年をとってきて、晩年は身体的なものから経済的なものまで、みんなぼくら子どもが面倒をみていたと思っていたのに、いざ父親が亡くなってみると、なんといえばよいのでしょうか、家の屋根がなくなって、吹きっさらしの中に住んでいるような感じになりました。

子育てには何の役にもたっていないようにみえても、そこにいるという存在感だけで無形の影響を子どもに与えていたのだということがわかりました。それは安心感であったり、喧嘩相手であったり、なんでもよいのですが、子どもにとってはその存在自体が重要なのです。

それから男性にとって「理想の女性」といえば、若いころは美人で自分に優しくて、知識教養があり、となるのでしょうが、年をとってぼくぐらいの老齢になると、性的な欲求はだんだん減ってきて、やはり母親の面影が「理想の女性」ということになってきます。これは男性であれば、例外なくだれでもそうではないかと思いますが、いわば父性のなれの果てといってもよいかもしれません。

どうして母親が「理想の女性」になるのか、はっきりとはわかりませんが、たぶん子どもの時期に少なくとも母親の愛情というものは無償であったということが強く影響しているのだと思います。

これをしてくれよ、というと、母親は一切見返りを求めず、無理をしてでもそれをやってくれました。どんなに美人で自分には優しい女性でも、その女性に母親の無償性を求めることは無理なことなのです。

いまの日本の家族は世代間のギャップが大きくなり、崩壊の途中にあるといえます。その過程で、さまざまな問題が現れているわけですが、最終的には男女の関係を主体とした家族というものは崩壊のあと再生し、残るのではないかと思っています。

もちろん家族の崩壊の途中では、女性が経済的に独立し、男女同権を主張する女性は、男性とは同居しないで、好きなときだけ同棲するという形になっていくでしょう。しかし、それはあくまでも過渡期的なものであって、そこで問題になってくるのは、子どもをどうするかということです。

どちらがどういうふうに子どもを養育し、責任を持つのか。両方とも子どもなんか知らないとなれば、どこか国営の養育施設みたいなところに預ければいい、ということになるかもしれません。

しかし、そんなところで育てて、よい子どもに育つわけがありません。たとえ、そうなっても、せいぜい一代限りのものだと思います。結局、一代かそこらで「これはいかん」ということになって、男女の関係を主体とした家族というものが復活するのではないかと思います。

(本記事は『致知』2000年12月号 特集「父性と母性」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇吉本隆明(よしもと・たかあき)
大正13年東京生まれ。東京工業大学電気化学科卒。詩人、思想家、文芸評論家。代表作の『共同幻想論』などを通して積極的に評論活動を続け、「戦後思想界の巨人」として日本の思想界に大きな影響を与えた。2012年3月逝去。

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