日本スイーツ業界の父・比屋根 毅さんが100人を超える弟子たちに伝え続けたもの

洋菓子店ブランド「アンテノール」を展開するなど、日本のスイーツ業界に大きな足跡を残したエーデルワイス会長・比屋根 毅さんが逝去されました。比屋根さんのもとで修業を重ね、独立を果たした菓子職人は実に百人にも上り、いまも一流の技術で業界を牽引しています。その筆頭に名を連ねるムッシュマキノ オーナーシェフ・牧野眞一さんとの師弟対談には、後進の育成に懸ける比屋根さんの並々ならぬ熱情、人生観が浮かび上がります。(本記事の内容は2017年6月当時のものです)

心を込め、妥協をせず、最高の味を追い求めていく

〈比屋根〉
とにかく繁盛する店、魂の入ったお店というのは、街を歩いていてもすぐ分かりますね。

それはオーナーの姿勢や、商品のよさ、サービスなど、いろんな要素が絡み合ってトータルで伝わってくるものだけれども、僕ももう80近くになって、物事を少しは冷静に見られるようになってきたからか、そういうのはもうすぐ分かるようになりましたね。

人間は年齢を重ねるにつれて、その年相応の知恵を身につけていくという話を聞いたことがあるけれども、本当にそのとおりだと思う。いまのような冷静な判断力が、10年前、20年前にあったらと思わんでもないけれども、逆にそういうものが身についたこれからが楽しみです。

この頃では社員のため、社会のためという思いをこれまで以上に抱くようになりました。商売をやっているんだから、もちろん儲けは大切です。でもいまは、できるだけ社会のために奉仕していきたいという思いのほうが強い。そのためにも、あなたのような優れた職人をこれからも育てていきたいと思うね。

〈牧野〉
私はその域にはまだ遠く及びませんが、店づくりにおいては会長から教わったように、人間が持っている五感を刺激することを常に意識してきました。

例えば、よそのお店の花が綺麗だなと思ったら、自分のお店でも花を飾って視覚や嗅覚に訴えてみる。そういうことを意図的にやっているかやっていないかで、差がついていくと思うんです。それを分かっていてやっているお店はやっぱり繁盛しています。人間の五感のうち、3つに訴えかけているお店はまぁまぁ流行っているし、五感すべてに訴えるものを持っているお店は行列ができていますね。

〈比屋根〉
そのとおりだと思うよ。

〈牧野〉
ですから私はスタッフに、「商品をつくるんじゃない、毎日店をつくることが我われの仕事や」と言っているんです。店をつくることを意識していると、その店に必要な商品も自ずと生まれてくるんだと。

昔は会長から商品開発をやれと言われても、正直、商品のことしか頭になかったですよ。ヒット商品をつくれと盛んに言われて、よそにないお菓子、いままでにないお菓子をつくることばかり一所懸命考えていました。だから、なかなか会長に満足していただけるものができなかったのかなぁと思うんです。

それである時、お店をつくるという視点で考えていったら、必然的にそのお店が必要とする商品が見えてきたわけです。ケーキ屋さんだからショートケーキがいる、シュークリームがいるという発想ではなくて、そのお店が必要としているからプリンを開発するんだと。会長の前でおこがましいんですけど、そういうことが何となく感覚的に分かってきたんです。

こんなお話をするのは初めてですけれども、いまになってようやく、あの頃の会長の不満が何となく分かるんですよ。

〈比屋根〉
突き詰めて言えば、どれだけ心を込めて、妥協をせずに、最高の味を追い求めていくかということだね。やっぱりその執念、信念をなくしたらダメです。

だから僕は毎日会社の各ポジションを回って、少し気の抜けているスタッフがいたら「目が死んでるぞ。もっと頑張らなければいかん」と励ます。逆にイキイキ頑張っている子を見ると、「そうだ、お菓子はそうやって喜びを持ってつくることが大事だ」と応援する。そうやって毎日皆の肩を叩きながら、一緒にものづくりに打ち込むことが生きがいなんです。

今年も新入社員が38名入ってきたけど、入社して2週間も経つと、もう顔つきが違ってきている。お店に入ればさらに目がイキイキしてくる。そうやって若い子が育っていく姿を見ていると、我が子の成長を見つめる親のような気持ちにさせられて、とても嬉しくなるものですよ。そして彼らの成長を促すことによって、会社もさらに成長するし、業界の発展にも繋がっていくんだね。

先ほど、全社員に一時金を支給したら、社員からお礼の電話がかかってきて鳴りやまなくなったという話をしたけれども、そういう機会に社員一人ひとりと言葉を交わすのは本当に楽しいものだよ。

「今期はこんな目標を立てているから、皆で勝ち取ろうな」
「ゴールデンウィーク中も働いてくれてすまんな。しかし我われが頑張ることで多くの人に喜びと感動を与えられるんだから、笑顔を忘れるなよ」
「常に衛生面に気をつけて、絶対に気を抜くんじゃないよ」と。

そんなちょっとした言葉を掛けてあげることで、また社員も喜んでお店に立ってくれるんです。

弟子にはいい後ろ姿を見せていたい

〈牧野〉
いまの会長のお話には、弟子と向き合う師のあり方を教えられる思いがします。

〈比屋根〉
皆と向き合う時はいつも自然体で、あまりこう接しなければいけないと考えたことはないけれどもね。

ただ、師は弟子とある一定の距離を保ちながら、すべてにおいて愛情を持って見つめてあげることが大切だと思います。いつも我が子を見るような気持ちで接していると、最近いい顔になってきたなとか、何か心配事でもあるのかとか、そういうのはよく見えるものです。

〈牧野〉
父親のいない私にとって、会長は父親代わりでしたし、世間でよく言うような、師を越えてやろうとか、少しでも近づこうなんていうことを、私は会長に対して思ったこともありません。私にとっての会長は、そういうものを通り越した存在ですからね。たぶん私のどこを切っても、会長と同じ血が出ると思いますよ(笑)。

だから、もし会長が将来呆けてしまって、私の顔も名前も忘れてしまわれるようなことがあったとしても、私の中では最後まで師なんですわ。

〈比屋根〉
弟子からそこまで言ってもらえると、師として冥利に尽きるね(笑)。

僕がどうしてここまで会社を大きくしてこられたのかというと、常に弟子たちにしっかりした、いい後ろ姿を見せていたいという思いと、子である弟子たちに何かあった時に、親としてしっかり面倒を見てあげられるだけの力を持っていなければならないという思いがあったからです。会社にしっかりした力をつけて、どんな時でも弟子たちを応援してあげられるようにしておくことはいつも意識してきました。

アメリカの鋼鉄王、アンドリュー・カーネギーは、自分の墓碑に「己より賢き者を近づける術を知りたる者、ここに眠る」という言葉を刻ませています。僕はこの言葉がとても好きでね。苦労をともにしてきた弟子たちとは、死んでも一緒にいたいと思っているんです。

〈牧野〉
会長には、まだまだ頑張っていただかないと困りますよ(笑)。

〈比屋根〉
そのくらい育ててきた君たちには愛情を持っているということだよ。これからも君たちと切磋琢磨して、さらに菓子づくりの道を極めていきたいものですね。


(本記事は月刊『致知』2017年7月号 特集「師と弟子」から一部抜粋・編集したものです)

比屋根 毅さんには、生前『致知』を応援いただいておりました。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

『致知』は、日本人が忘れかけている大切なことを思い出させてくれる貴重な書であり、経営哲学を学ばせていただける教科書のような存在です。これからの日本を背負っていく若い人達にぜひ読んでいただきたい。

『致知』と出会って30年になりますが、読み始めた頃からずっと、「特集総リード」を大学ノートに書き写してきました。
あの1ページには、藤尾社長様の熱い想いが詰まっています。読み返す度に、経営のヒントを与えてくださったり、人としてあるべき姿を改めて考え直す機会を与えていただいております。そして、登場される全ての方々から多くの事を学ばせていただける私の大切な人生の教科書です。

――エーデルワイス会長・比屋根 毅氏 

各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。

◇比屋根 毅(ひやね・つよし)
昭和12年沖縄県生まれ。41年兵庫県尼崎市でエーデルワイスを創業し、平成14年から会長。現在はアンテノール、ル ビアン、ヴィタメールなど7つのブランドを展開。国内外のコンテスト受賞歴多数。洋菓子業界の発展に尽くし、スイーツ業界の父といわれる。旭日双光章、レオポルド2世勲章コマンドール章(ベルギー王国)受章、石垣市民栄誉賞受賞。兵庫県洋菓子協会会長、日本洋菓子協会連合会副会長などを歴任。現在、尼崎商工会議所副会頭を務める。著書に『人生無一事』(致知出版社)など。

◇牧野眞一(まきの・しんいち)
昭和26年愛媛県生まれ。43年に洋菓子の世界に入り、ドイツでの修業を経て、49年にエーデルワイス入社。アンテノールのパティシエ、ヴィタメールのグランドシェフとして活躍。平成4年「世界洋菓子コンクール」に日本代表として出場し、優勝を果たす。8年に独立し、大阪府豊中市に「ムッシュマキノ」をオープン。15年ムッシュマキノ向丘本店オープン、現在に至る。

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