優勢にて焦らず、劣勢にて諦めず——谷川浩司九段の勝負哲学

21歳2か月という史上最年少で将棋の名人位を獲得された谷川浩司氏。名人になって掴んだ、負けや逆境を勝利に転じるための心構えとは――。囲碁界で同じく最年少名人となった井山裕太氏との対談を通して、名人就位当時の思いや羽生善治九段とタイトルを競った30代の経験から語っていただきました。

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負けをどう生かすか

〈井山〉 
谷川先生は名人になった後、何か気持ちの変化はございましたか。

〈谷川〉 
初めて名人になって翌年は防衛しましたが、その次の年に中原先生に奪取されました。その時に中学校の時の担任の先生から、「谷川、よかったな」って言われたんです。

〈井山〉 
あぁ、負けてよかったと。

〈谷川〉 
ええ。それしかおっしゃらなかったんですが、私なりにその意味を解釈したのは、この2年間名人という地位に就いたことでいろんな経験をさせてもらったに違いない。それを一度失って、今度は自分の実力で勝ち取りなさいと諭してくださったんだと思うんです。負けをどう生かすかというのは非常に大事ですね。

〈井山〉 
本当にそうですね。負けた時というのは、勝った時よりも自分の足りない部分とか、課題が見えやすいと思いますし、その負けをなんとか次に生かせるように心掛けています。

〈谷川〉 
将棋も囲碁も、どんな強い人でも年間に20局くらいは負けると思うんですね。そして負けた時というのは必ず原因がある。どの手が悪かったのか、その手をどうして選んだのか。当然読みを間違えて負けるわけですけれども、そういうミスをもたらす精神面の問題もあるわけで、それらをきちんと分析した上で忘れるというのが一番です。まぁそれがなかなかできないんですけれども(笑)。

〈井山〉 
棋士というのはどなたも負けず嫌いですしね(笑)。

〈谷川〉 
将棋では対局後に大体1時間くらい感想戦をやります。相手と一緒に対局を振り返って意見交換をするわけですが、直後はどうしても局面を冷静に見られないんですね。

〈井山〉 
囲碁でも感想戦をやりますが、辛い負け方をした時などは、パスして帰られる方もいらっしゃいます。

〈谷川〉 
そこである程度客観的に対局を振り返って、きちんと気持ちの整理をつけ、覚えておくことと忘れることを整理して次の対局に臨むというのが理想ですね。対局の多い時は週に2局、3局と重なることもありますので、あまり負けたことを引きずっていると次の対局に影響します。

〈井山〉 
やっぱり何がよかったか悪かったかというのを後で振り返ることは凄く大事ですね。僕も原因を自分なりに整理した上で、次の対局には前の対局のことは引きずらないように心掛けています。

30代で訪れた逆境

〈谷川〉 
そういう意味で、私は30代で大きな転機を迎えました。

20代は先輩棋士の方々とのタイトル争いが中心だったのですが、20代後半から少しずつ変わってきて、30代に入ると羽生善治さんを中心とする年下の世代とのタイトル争いが中心になってきました。

そうした中で、羽生さんがいまの井山さんと同じようにタイトルを7つのうち6つまで獲得して、最後に私が持っていた王将というタイトルに挑戦してきたわけです。

〈井山〉 
あの時は、谷川先生が羽生先生の7冠を阻止されたのでしたね。

〈谷川〉 
7番勝負の第1局の4日後に阪神・淡路大震災が起きましてね。私は神戸の実家を離れて大阪のホテルや名古屋にある妻の実家で仮住まいをしたんですが、不自由な暮らしを余儀なくされたことで、余計な気負いが一切なくなったのがよかったのでしょう。対局だけに集中できて、タイトルを防衛することができたんです。不幸な出来事ではありましたが、将棋が指せること自体、こんなありがたいことはないという原点、初心をもう一度取り戻すことができたことは大きかったですね。

〈井山〉 
あぁ、将棋が指せるだけでありがたいと。

〈谷川〉 
しかし羽生さんはその後、自分が持っていた六つのタイトルをすべて防衛して、翌年また挑戦してきました。そこで私が敗れてとうとう無冠になり、羽生さんは将棋界初の7冠を成し遂げたわけです。それまで常に何らかのタイトルを持っていたのが、ただの「九段 谷川浩司」になってしまったことは、確かに辛かったですね。

ただ、無冠になって逆に吹っ切れた部分もありました。それまでは勝負にばかり囚われて、羽生さんに勝つためにどうすればいいかといった小手先のことばかり考えていました。気持ちの余裕を失って、自分自身の技術を高めるということをあまり考えられなかったんです。

けれども少しずつ、羽生さんと比較してもしょうがないという気持ちになっていった。これまでどおりきっちり研究をして、自分の持っているものを対局の場で100%出すことだけを心掛けて、それで負けたらまた次の日から研究すればいいことだと。そう思えるようになってから、逆に羽生さんと対局できることが楽しみになってきたんです。

〈井山〉 
あぁ、逆に楽しみに。

〈谷川〉 
その年の後半には竜王のタイトルを奪取することにも成功して、非常に充実していました。一番の転機になったのは、夏に山形県の天童という、将棋の駒の産地で有名なところに伺って、子供たちの指導をしたことでした。

あの時は部屋の中ではなく、一番の目抜き通りを通行止めにして、昔の縁台将棋みたいに外に将棋盤を並べ上着も脱いで指したんです。子供たちはみんな初心者でしたけど、目を輝かせて楽しそうに将棋を指していたんですね。それを見て、自分も小学生の頃は彼らのように生き生きと将棋を指していたことを思い出したんです。

そうしたいろんな体験を通じて実感するのは、勝負で一番大切なのは、優勢の時に焦らないということ、劣勢の時に諦めないことだと思います。

優勢の時は早く勝って楽になりたいし、劣勢の時もやっぱり負けて早く楽になりたいという気持ちというのがあります。けれども負け将棋の時でも、あるいは辛い時期でもとにかく自分の最善を尽くしていくこと。その積み重ねがやっぱり長い目で見ると大きな差になって表れてくると思います。

(本記事は『致知』2014年2月号 特集「一意専心」より一部を抜粋・編集したものです。

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◇谷川浩司(たにがわ・こうじ)
昭和37年兵庫県生まれ。11歳で若松政和七段に入門し、14歳で四段。58年史上最年少21歳で名人。平成4年に四冠、9年には十七世名人として永世名人の資格を得る。21年日本将棋連盟棋士会会長。24年から29年まで、日本将棋連盟会長。九段。著書に『集中力』(角川書店)『光速の終盤術』(毎日コミュニケーションズ)などがある。

◇井山裕太(いやま・ゆうた)
平成元年大阪府生まれ。14年日本棋院関西総本部所属のプロ棋士に。21年史上最年少20歳で名人。25年棋聖位を奪取し囲碁界初の同時六冠、3人目となる通算での7タイトル制覇(グランドスラム)を達成。また日中韓3か国のトップ棋士が争う第25回テレビ囲碁アジア選手権大会で優勝。著書に『井山裕太20歳の自戦記』(日本棋院)などがある。

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