2020年05月12日
当代随一の天ぷら職人と称される「みかわ」主人の早乙女哲哉さん。15歳で修行の道に入り、自らの調理技術を名人芸にまで磨き上げてこられました。いまなお最高の天ぷらを追い求めてやまない早乙女さんに、天ぷらづくりに込めた思い、その流儀を伺ってきました。
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自分に「いまがベストか」と必ず問答を掛ける
〈早乙女〉
修業を始めたのは、上野広小路にある「天庄」という老舗天ぷら屋。大旦那の腕は当時、業界ナンバーワンといわれていました。私が店に入った頃は、目を悪くしてほぼ帳場に座っておられましたが、やってきたお客さんが「天ぷらの神様だから……」と手を合わせてから席に着かれるほどでした。
また、いまにして思えばそれほど驚くことでもないのですが、旦那は目が見えなくなったにもかかわらず、自分の勘だけで魔法のように天ぷらを揚げてしまう。当時の私には信じ難いことでしたが、この道を志すからにはその魔法を追わなくちゃいけない、夢を追わなくちゃいけないと決意を新たにしました。
それとともに、始終考えていたのは「天ぷらとは一体何か」ということ。自分のしていることを具体的に言葉で説明できなければ、きょうは調子がよかった、悪かったという話で終わってしまい、コンスタントな仕事ができない。そんなことではアーティストなどとは到底呼べないでしょう。
そこで先述したように、自分の行動に「いまがベストか」と必ず問答を掛けるようにし、少なくとも天ぷらに関しては、どんな質問を投げかけられても全部答えられるようになろうと誓いました。
真のクリエイターとは何か
例えば天ぷらを「揚げる」とはどういう状態を言うのか。私の出した結論は「蒸す」と「焼く」とを同時進行で行う、ということです。
油自体は火がつく寸前の360度近くまであげることができますが、天ぷらの衣や魚には水分があるため、揚げている素材は百度を超えることがありません。揚げるというよりは、100度で「蒸して」いる状態です。
しかしそのまま油に入れておくと、徐々に水分が抜けていき、完全に水が抜け切ったところは、百度から一気に200度近い温度へと飛ぶ。すると100度で「蒸す」のと、200度で「焼く」調理とが同時進行で始まるのです。
その原理を認識していれば、魚のクセを取ったり、衣をいかにつければよいかといったことが自分自身で把握できるようになります。理論はよく分からないが、油の中に入れていれば勝手に揚がるなどと思っていると、自分から何かを仕掛けていくことなど不可能で、経験が蓄積されていきません。
詰まるところ、魚も、野菜も、元は皆生きるために海の中にいたり、野にあったりしたもの。それを、料理人は食べるために置き換える作業をしなければならない。いま、どこの料理の世界でも、奇をてらったようなものが大流行りですが、果たしてそれは本当においしいと言えるのか。お客さんに面白い料理だと喜ばれればそれでいいのか。
真のクリエイターとは、科学者であり、数学者でもあり、なおかつ優れた感性がなければいけないというのが私の考えです。
従ってお客さんから「おいしいですね」と言われたら、「えぇ、そうやって揚げてます」と答えられる。天ぷらがおいしく揚がるよう、結果が必ずそうなるよう、一挙手一投足、計算し尽くした中でものづくりをしている、と。それは即ち次に来ても、そうやって揚げられますよということであり、この次も気を抜かずやらなければいけない、という自分自身への戒めでもあります。