悩みを抱える、すべての人々へ——遠藤周作『沈黙』が教える苦難への向き合い方

先の見えない不安に満ちた、世界的な苦難の時期。人間の弱さが浮き彫りになるような出来事の重なるこのようなとき、私たちはどのようにして静謐な心を保てばよいのでしょうか。シスターでもあり文学研究者でもある鈴木秀子さんは、常に私たちに寄り添い苦しみを受け入れる神様を信じ、目の前の出来事に全力を尽くすことが大切だと言います。本記事では、遠藤周作『沈黙』クライマックスの場面の読解を通して、苦しみを抱える人々へのメッセージ、幸福度を高める心の持ち方についてお話いただきました。

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誰もが苦しみを抱きながら生きている

〈鈴木〉
切支丹弾圧下にあった江戸初期の日本を舞台とした遠藤周作の『沈黙』。そのクライマックスは、日本に布教に赴いたポルトガル人宣教師のロドリゴが長崎奉行所に捕らえられて、牢に繋がれる場面です。ロドリゴにとってここで殉教を遂げることは宣教師としての誇りでもありました。

夜になってロドリゴは牢獄にいる囚人の鼾らしいものを何度も耳にします。ところが、その音は鼾ではなく、拷問を受けている信徒の呻き声でした。彼らは奉行所に棄教を誓っているのにもかかわらず、ロドリゴが棄教しないことを理由に厳しい拷問を受け続けていたのです。

このまま信仰を貫くべきか、それとも信徒を助けるために棄教すべきか。ロドリゴは苦悶します。もし、棄教するとすればロドリゴは宣教師としての人生をすべて否定することになるのです。まさに究極の選択を迫られたのでした。

そして、最後には踏絵に足を掛けることを決断します。

その踏絵に私も足をかけた。あの時、この足は凹んだあの人の顔の上にあった。私が幾百回となく思い出した顔の上に。山中で、放浪の時、牢舎でそれを考えださぬことのなかった顔の上に。人間が生きている限り、善く美しいものの顔の上に。そして生涯愛そうと思った者の顔の上に。その顔は今、踏絵の木のなかで摩滅し凹み、哀しそうな眼をしてこちらを向いている。(踏むがいい)と哀しそうな眼差しは私に言った。

(踏むがいい。お前の足は今、痛いだろう。今日まで私の顔を踏んだ人間たちと同じように痛むだろう。だがその足の痛さだけでもう充分だ。私はお前たちのその痛さと苦しみをわかちあう。そのために私はいるのだから)

「主よ。あなたがいつも沈黙していられるのを恨んでいました」

「私は沈黙していたのではない。一緒に苦しんでいたのに」

信仰者として見た場合、全人類のすべての苦しみを担って十字架の死を遂げたキリストが常に自分とともにいてくれることを最後まで信じ抜き、殉教すら厭わない人たちは、ある意味で強い人間と表現することができます。

一方、この小説には、切支丹でありながら、自分の弱さからロドリゴの活動を幾度も密告してしまうキチジローのような人物も登場します。キチジローはその罪意識から救われたいがために、司祭であるロドリゴに再び近づいて神様の許しを乞おうとするのです。そのキチジローの次のような台詞が印象的です。

「この世にはなあ、弱か者と強か者のござります。強か者はどげん責苦にもめげず、ハライソ(※パラダイスのこと)に参れましょうが、俺のように生れつき弱か者は踏絵ば踏めよと役人の責苦を受ければ……」

弱か者と強か者。キチジローは自分とみごとに殉教を比較してそのように言いました。しかし、命を懸けて異国に渡り、信仰を守り抜いた「強か者」であるロドリゴも、目の前のいかんともし難い現実に直面し、棄教を余儀なくされた時、人生で何よりも大事な神やキリスト、仲間たちを裏切ってしまったという強い自責の念に駆られるのです。ロドリゴは信仰が深い人だけに、その苦悩は耐え難いほどのものがあったに違いありません。

ここで分かることは、「弱か者」も「強か者」も、ともに苦しみを抱きながら生きていることです。どんなに強そうに見える人でも、心のどこかに必ず弱さを持っているものです。神様はそういう人間の弱さに寄り添われます。

「私はお前たちのその痛さと苦しみをわかちあう。そのために私はいるのだから」

神がロドリゴに告げられたというこの言葉は、ロドリゴだけでなく苦しみを抱くすべての人々に対するメッセージであり、それが『沈黙』で遠藤周作が私たちに伝えようとしたことではないかと思います。

幸福度を高める生き方とは

〈鈴木〉
神様は人間が乗り越えられない試練は与えられない。試練が与えられるところには、それを乗り越える力が必ず与えられている。これは私自身の信仰生活から得た確信です。

私がそう思うのは、神様は愛そのもののお方である、神様が人間を見捨てられることは絶対にないという思いがベースとしてあるからです。

苦難に遭遇した時は、そこから逃げるのではなく、「これはいま自分が担わなくてはいけない現実だ」としっかり受け止め、ともに苦しんで、無条件に自分を受け入れてくださる神様を信じて目の前の出来事に全力を尽くすことです。そうすれば、苦しみのどん底にいながら、心の深いところから清水のように力と勇気、希望が湧き出る瞬間を味わうことができます。苦難の中にありながら、静謐な心の状態を手に入れることができるのです。

ただ、誰もがすぐにそのような考え方の切り替えができるわけではありません。失意の時は神様を信じるどころか、ともすれば自暴自棄になって道を誤ってしまいがちです。そこはやはりトレーニングが必要です。登山家が厳しい特訓を重ねてエベレストに登頂するように、人生の試練を乗り切る上でも、平素から心のトレーニングを怠らずにやっておけば、いざという時に冷静に向き合うことができます。

信仰者たちは祈りや奉仕活動によって心のトレーニングを積み重ねていますが、例えば偉人伝や文学作品を読むことによっても人間の中に秘められた可能性の素晴らしさに気づくことができます。『沈黙』のような優れた文学作品は、登場人物と自分を重ね合わせて疑似体験を経ながら人生が学べるので、心を育てるトレーニングになるのです。

また、日常生活の中で自分の幸福度を高める訓練をすることにも、大きな意義があります。

私たちは嬉しい出来事があると有頂天になり、辛い出来事に遭遇するとどこまでも落ち込んでしまいますが、目の前の出来事に振り回されるままでは幸福度の高い生き方とは言えません。幸福度の高い生き方とは、日常の何気ない一見当たり前のことに意識を向け、深く味わい、感謝する心の習慣を身につけることです。

本欄で何度か述べたことですが、朝目が覚める、体を動かすことができる、食事がいただける、家族がいる、子供たちの笑い声が聞こえる、美しい桜を眺めることができる、日々の生活の糧を得る職場がある、ともに働く仲間がいる、といったことは決して当たり前ではありません。すべては奇跡の連続であり、そのありがたさが本当に分かるのは、これらを失ってしまった時です。

当たり前に思える些細な出来事にも喜びを感じる習慣が身についてくれば、その人の幸福度は格段に高まります。そのような心の状態で世の中を見渡すと、人生は愛と喜びに満ちていることが分かります。ことさらに財産や名誉を追い求めなくても、満足した人生を送ることができるのです。

良きにつけ悪しきにつけ日々起こる出来事はすべて人生の刺激です。その刺激をどのように思うかは、ひとえに受け止める側の心一つです。意に沿わない出来事に遭遇したとしても、そこに何らかの意味を感じ取っていく静謐な心を養っていきたいものです。


(本記事は『致知』2017年6月号 連載「人生を照らす言葉」から一部抜粋・編集したものです)

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月刊『致知』では「人生を照らす言葉」を連載中。 森鴎外、高村光太郎、トルストイ、八木重吉、原田マハ……鈴木秀子先生が古今東西の名著・名詩とともに、人生をしあわせに生きる心の持ち方をやさしく紐解きます。WEBchichiで読める過去の記事はこちらから



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◇鈴木秀子(すずき・ひでこ)
東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。聖心女子大学教授を経て、現在国際文学療法学会会長、聖心会会員。日本で初めてエニアグラムを紹介し、各地でワークショップなどを行う。著書に『幸せになるキーワード』(致知出版社)『9つの性格』(PHP研究所)『逆風のときこそ高く飛べる』(青春出版社)などがある。

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