新型ウイルスに屈してはならない——いまこそチャーチルの気概に学びたい

新型コロナウイルスが世界中で猛威をふるっているいま、浮き彫りとなってきたのが国際的なリーダーの不在。こうした中、「歴史上最も偉大な英国人」と現代でも評価されているのが、ウィストン・チャーチル元首相です。どんな困難にも屈服しないチャーチルのリーダーシップから学ぶべきものとは……。中西輝政・京都大学名誉教授に解説していただきました。

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「決して屈服してはならない」

ナチス・ドイツ軍の猛攻がイギリス本土に迫った1940年5月、文字どおり国家存亡の機の中でチャーチルはイギリス首相に就任する。65歳の時であった。「これまでの人生すべてがこの時、この試練のための準備に過ぎなかったかのように感じた」と後に述懐している。

チャーチルが首相に就任した直後、パリが陥落し、フランスが降伏した。ヨーロッパ大陸全土をほぼ手中に収めたナチス・ドイツは、いよいよイギリス本土へ侵攻を開始し、「バトル・オブ・ブリテン」と呼ばれるイギリス本土上空での激闘が始まった。

首都ロンドンが度重なる空爆によって破壊され、イギリス中が絶望感に覆われる中、チャーチルは揺らぐことのない勝利への信念を国民に示し続けた。「決して屈服してはならない」という演説は、母校ハロー校で行われたものである。

「決して屈服してはならない。決して屈服してはならない。決して、決して、決して、決して! 大事であれ些事であれ、また偉大な事であれ卑小な事であれ、名誉と良識に基づく自らの信念が許さぬ限りは、何事に対しても決して、決して、決して屈服するな!」

また同盟国フランスの降伏に際しても、「我われは決して動揺したり、屈服したりしない。我われは、最後まで戦い続ける。我われは、フランスで戦い、海で、そして大洋で戦う。一層の自信と力を振り絞って、空で戦う。我われは、いかなる犠牲を払おうとも、この島を守り抜く。我われは渚で戦い、野原で戦い、街で戦い、丘で戦う。我われは決して降伏しない!」と。

指導者は自らの信念を貫くべき

悲嘆に暮れていた国民は、チャーチルのこの演説をラジオで聴き、「雷に打たれたように」心を奮い立たせたという。しかも注目すべきは、彼のスピーチの中に「名誉と良識に基づく信念」という言葉があることである。彼は決して蛮勇を勧めたわけではない。彼の言葉には確固たる裏づけがあったのである。

イギリスの勝敗は、大国アメリカをいかに戦争に引きずり込むかにかかっていた。当時、孤立主義をとっていたアメリカの世論の大半はヨーロッパの戦争に加わることに反対だったが、チャーチルはこれを覆すために着々と手を打ち、ついにはルーズベルト大統領の側近とロンドンで秘密裏に情報協力協定まで結ぶに至っていた。

さらにナチス・ドイツがソ連に侵攻するや、それまで敵視していたソ連とも同盟を結び、アメリカの参戦を促すべく有利な周辺状況を築いていった。

「決して屈服しない」、彼のこの強固な信念は、同時に、人知れず水面下で積み重ねた一手一手に支えられていたのである。

1945年5月8日、イギリスは遂にドイツに勝利した。バッキンガム宮殿で国王夫妻とともに国民の前に現れたチャーチルは、「護国の英雄」として大きな喝采を浴びた。彼の名声は不動のものとなり、イギリスの歴史に深く刻み込まれたのである。

チャーチルが最後の勝利を掴み取るまでの足跡は、指導者たる者、たとえいかなる厳しい状況に陥ろうとも、何よりも節を曲げることなく自らの信念を貫いていくことの重要性を教えてくれている。

己の信念に従って真っ直ぐに

チャーチルが不屈の闘志の持ち主であったことは言うまでもない。しかし彼も我われと同様、弱さを抱える人間であることを忘れてはならない。冒頭に述べたことにも通ずるが、実際、彼の強さの源は、人間に対する温かな視線にあった。人間の根底を見つめようとするその視線の深さ、情愛の細やかさがあってこその勇気なのである。

チャーチルの有名な言葉に、「民主主義は最悪の制度である。ただし、これまでに試みられてきた他のすべての制度を除いては」というものがある。

これは、民主主義にも様々な問題があるが、その欠点を少しでも克服し、よりよい民主主義にしていかなければならないことを訴えている。人の注意を引きつける巧みな表現力が印象的だが、結論は極めて堅実かつ常識的で、これがチャーチルという人の本質だと私は見ている。

ヒトラーやスターリンの台頭で世界が揺れ動く中、当時のイギリスには、自国さえ上手く切り抜けられればそれでよい、という考え方が蔓延していた。そうした薄っぺらい功利主義への強い反発心も、良識の人・チャーチルの信念を支え、それを貫かせていたのである。

そしてチャーチルはこういう趣旨のことも説いている。「多くの人が節を曲げるのは、困難を避け、より安易に利益を得たいがためである。しかし、それは結局、遠回りになってしまう。もともとの節を曲げず、己の信念に従って真っ直ぐに歩むこと。それこそが目的に達する一番の近道である」と。

チャーチルという人物は、その生き方をとおして、そしてその遺した言葉をとおして、夷険一節(いけんいっせつ)の大切さを雄弁に教えてくれているように思う。

(本記事は『致知』2016年4月号の特集「夷険一節」(不屈の人 チャーチルに学ぶ)より一部抜粋し編集したものです。あなたの人生や仕事の糧になる教えやヒントが見つかる月刊『致知』の詳細はこちら

◇ウィストン・チャーチル Winston Leonard Spencer Churchill
1874~1965。イギリスの政治家、軍人、作家。陸軍士官学校を経て入隊。各地を転戦し、1900年保守党員として政界入り。保護関税に反対して自由党に転じ、諸大臣を歴任。後に再び保守党に復帰し、1940年イギリス首相に就任。強力なリーダーシップで連合国軍の勝利に貢献。1951年再度首相に就任。ノーベル文学賞を受賞するなど文筆家としても知られる。

◇中西輝政(なかにし・てるまさ)
昭和22年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。英国ケンブリッジ大学歴史学部大学院修了。京都大学助手、三重大学助教授、米国スタンフォード大学客員研究員、静岡県立大学教授を経て、京都大学教授。平成24年退官。専攻は国際政治学、国際関係史、文明史。平成2年石橋湛山賞。9年毎日出版文化賞、山本七平賞。14年正論大賞。17年文藝春秋読者賞。著書に『賢国への道』(致知出版社)など。近著に『日本人として知っておきたい外交の授業』(PHP文庫)『チャーチル名言録』(扶桑社)などがある。

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