〝男装の麗人〟西本智実の夢の掴み方 ~サンクトペテルブルク留学時代の原体験~

〝男装の麗人〟と称され、国内外の舞台で幅広く活動を続ける指揮者の西本智実さん(写真左)をご存じの方も多いでしょう。女性の指揮者が珍しいクラシック音楽の世界で、独自の道を切り開いてこられました。幼少期からの思い描いていたという指揮台への切符を手にするきっかけ、人生の原点はどこにあったのか――。西本さん同様、男性が大半を占める紙漉き職人の世界で活躍する和紙デザイナー・堀木エリ子さん(写真右)との対談で、赤裸々に語られています。

☆おかげさまで月刊『致知』は創刊42周年を迎えました。感謝の気持ちをこめて記念キャンペーンを実施中! 詳しくはこちらをご覧ください

頑張って歩きなさい

〈西本〉
私は幼い頃に音楽教育が始まりましたが、趣味なのか職業としてその道を歩いていけるのかを見極めたく、「27歳までに決断!」と決めていたんです。それで1996年、26歳の秋にロシアの国立サンクトペテルブルク音楽院に留学しました。

ロシア語もほとんど話せず、現金100万円で1年間の学費と家賃、生活費を賄う日々。指揮科への日本人留学生は私が初めてだったので、随分と気負ってばかりでした。

実力次第でオーケストラを指揮する時間が決められるので、みんな必死で勉強します。仲間であり同時にライバルになるので常にプレッシャーに晒される環境でした。

加えて、ロシアで初めて迎えたマイナス30度の冬は想像以上でした。ソ連が崩壊した後の情勢不安もまだ残っており、来るはずの市電が来ないのは日常茶飯事。そういう異国の地で次第に孤独感が募っていきました。

〈堀木〉
辛い状況でしたね。

〈西本〉
先生が劇場で指揮する公演を間近で勉強させてもらう日は、帰宅が23時半頃になります。

ある公演があった日、来るはずの市電が待てど暮らせど来なくて、このまま極寒の中で完全防備でもないのに立ち止まっていると危ないと判断し、自宅まで歩いて帰ることにしました。

耳もちぎれそうに痛いけれど、お店も閉まっている。トボトボと歩いていたら道にできたアイスバーンでひっくり返ってしまいました。鞄の中から楽譜や筆箱に入っていた鉛筆が道に散乱しましたが、しばらく立ち上がることができませんでした。凍死ってこういうことかなと。

しばらくすると、通りすがりの見ず知らずのおじさんが起こしてくれ、勢いをつけて背中を押してくれたんです。それでまた歩き出すことができました。力強く背中を押された時に「頑張って歩きなさい」というエネルギーのようなものを入れてもらった気がします。その時は「ありがとう」のひと言すら言えず仕舞いで、無事に寮の自室に戻っておいおい泣きました。

〈堀木〉
そこまでして指揮者になるという夢を追い続けた西本さんの情熱に感銘を受けます。いまでも女性の指揮者は少ないと思いますが、当時はもっと少なかったのでは?

〈西本〉
そうですね。現在でも女性指揮者の数は世界中の指揮者の0・1%にも満たないと思います。筋力的にも女性指揮者のほとんどが合唱団や小編成楽団の指揮を任されます。ところがロシアはオーケストラも歌劇場も大きな組織が多い! 音が細くならないように、リハーサル時でも絶対に半袖は着ませんでした。

若い頃は1回の公演で3キロも体重が減ってしまったので、体幹をしっかりさせるために体も鍛えました。また、重く分厚い音を出したくて、長袖のブラウスの中にベストを着込んで臨んでいました。

〈堀木〉
それは西本さんの仕事に対する覚悟の表れですよね。

〈西本〉
激動期のロシアでの経験は、いまではかけがえのないものだったと思います。無我夢中の私に場を与えようと、押し上げ引き上げてくださり、2004年、34歳の時に外国人で初めて名門ロシア国立交響楽団、旧レニングラード国立歌劇場の指揮者として招聘されました。ロシア以外にもヨーロッパの各地で指揮をし、2010年にアメリカでの活動が始まりました。

(本記事は『致知』2020年2月号 特集「心に残る言葉」から一部抜粋・編集したものです)

★『致知』創刊42周年記念キャンペーンを実施中!詳しくはこちら

◇西本智実(にしもと・ともみ)
昭和45年大阪府生まれ。イルミナートフィル芸術監督。名門ロシア国立交響楽団、旧レニングラード国立歌劇場で指揮者ポストを外国人で初めて歴任。各国を代表するオーケストラ、名門歌劇場、国際音楽祭など約30か国から招聘。平成30年イルミナートフィル中国主要都市8公演を成功に導いた。「出光音楽賞」「国家戦略担当大臣感謝状」他受賞多数。ヴァチカン音楽財団より「名誉賞」を最年少で授与、「広州大劇院名誉芸術家」称号授与。

人間力・仕事力を高める記事をメルマガで受け取る

その他のメルマガご案内はこちら

『致知』には毎号、あなたの人間力を高める記事が掲載されています。
まだお読みでない方は、こちらからお申し込みください。

※お気軽に1年購読 10,500円(1冊あたり875円/税・送料込み)
※おトクな3年購読 28,500円(1冊あたり792円/税・送料込み)

人間学の月刊誌 致知とは

閉じる