りんご畑に奇跡の花が咲いた——木村秋則さんの初志貫徹の精神

台風などの天候不順が各地のりんご農家を苦しめています。こんな時に勇気を与えてくれるのが、青森のりんご農家、木村秋則さんの生き方です。生産者として「安全な食の提供」を願う木村さんは、病害虫に弱く無農薬・無肥料の栽培は不可能とされてきた、常識を覆すりんごづくりに成功しました。その10年に及ぶ苦闘の道のりを振り返ります。
(本記事は月刊『致知』2007年4月号のインタビュー記事「人生に誓うものを持つ」を一部抜粋・編集したものです)

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安全な食の生産を心に誓う

農薬を散布すると火傷みたいな炎症を起こすわけ。大きな水膨れができてよ。お風呂に入ると飛び上がるほど痛いんだね。女房なんか朝は何ともないのに、夕方うちに帰る頃には顔中漆(うるし)にかぶれたように真っ赤になってしまった。

最初は家族のために農薬を減らしたいと考えていたんだけど、勉強を進めるうちに、農業は国民の食を生産する基盤となる職だ、少しでも安全な食の生産に努力しなければ、と考えるようになりました。

できるかできないか分からないけど、やってみようと心に誓ったのです。親父にやらせてほしいと頼みました。きっと、反対されると思っていたら、あっさり認めてくれてさ。後で言ってたけど、きっと2、3年もすればやめると思ってたって(笑)。

5月上旬にはきれいな花がたくさん咲いて、これなら大丈夫だと安心していたんです。ところが6月下旬頃から葉に茶褐色の斑点が現れて、7月の下旬には落葉し始めたんです。害虫もどんどん増えて、りんごの木は見るも無残な姿になりました。

自分では十分勉強をしたつもりで、簡単なものだとどこか軽く考えていたんですね。とんでもないしっぺ返しを食らったわけです。2年目からは花一つ咲かなくなり、5年目には幹に寄り添うとグラグラ揺れるようになりました。もういつ枯れてもおかしくない状態です。

「私はりんごを1個も食べたことがありません」

収入がないから、農機具を売って生活費の足しにしていました。心配した仲間から「1、2回農薬を散布したからって、りんごに書かれるわけじゃないんだから、使ってしまえよ」と随分言われました。

でも、嘘をついてまで無農薬のりんごとして売りたくなかったから、アルバイトをやりながらなんとか食いつなぎました。共済の加入推進から、パチンコ店員、キャバレーの呼び込みなど、いろいろやりました。

周りから随分陰口をたたかれました。その中には「かまど消し」って言葉もありました。青森の方言で、一家の火が消えること、つまり破産ということです。しまいには親戚がやって来て、「もう姿の見えない所に行ってくれ」って言われました。

居場所を失ってしばらく畑のそばの小屋に寝起きしていたら、2、3日して3人の娘が心配してやって来ました。

子どもたちには本当に辛い思いをさせました。学校から給食費を入れる袋をもらってくるんだけども、1円も払えないのが分かっているから、いつもランドセルの中に入れっ放しでね。私に愚痴っぽいことはひと言も言いませんでしたが、長女の書いた「お父さんの仕事」という作文を読んだときはショックでした。

「私のお父さんはりんごをつくっています。朝から晩まで畑へ行っています。でも私はりんごを1個も食べたことがありません」って。

ドングリの木が教えてくれた答え

とうとうある晩、私はりんごをトラックに積む時に使うロープを持って岩木山に向かいました。どこかで首をくくるのに適当な木はないか、と……。しばらくさまよい歩いて、この辺がいいなと思い定めてロープを投げたら、見事に外れて草の中に埋もれてしまいました。

月明りで探していた時、ハッとしました。目の前にあるはずのないりんごの木があったんです。りんごの木だと思ったのは、実はドングリの木だったんです。人が手を加えない山奥で、どうしてこんなに元気に育っているんだろうと不思議に思いましてね。

夜が明けるとすぐにまた足を運びました。ドングリの木の周辺には、いろんな草が自由に生い茂っていて、それぞれが役割を分担して一つの生態系を維持していました。そのおかげで辺りの土壌はとても豊かになっていました。元気のもとはこの土だ。これを自分の畑で再現しようと思ったんです。

土壌の改良に取り組んだ2年後には、260アールのりんご畑でたった1本でしたが、7つばかり花をつけ期待が膨らみました。そして、その翌年でした。隣りの畑の主人がやって来て言うんです。「木村、見たか。早く畑に行ってみろ」って。

畑には怖くて行けません。隣りの畑の小屋から恐る恐るのぞいた途端、真っ白な色が目に飛び込んできました。りんごの木たちが競うように花を咲かせ、畑は白一色に覆い尽くされていたんです。もう涙で目がかすんで……。

その年にりんごが実ったんだけど、10年目の摘花(果)作業なので、もったいなくて摘めないんだよな。家族みんなで試食したあの味は、いまでも忘れられません。

(本記事は月刊『致知』2007年4月号のインタビュー記事「人生に誓うものを持つ」を一部抜粋・編集したものです)

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◇木村秋則(きむら・あきのり)
昭和24年青森県生まれ。高校卒業後、りんご農家として慣行栽培に従事するも、農薬の被害を避けるため無農薬・無肥料の有機栽培に転換。10年もの苦闘を経て不可能とされた農法を見事に成功させる。

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