2019年11月28日
数多くのベストセラーを手掛けてきた作家の曽野綾子さん。失明の危機や最愛の夫との別れなど、さまざまな試練を乗り越えながら、60余年にわたって一つの道を歩んでこられました。米寿を迎えたいま、その半生を振り返っていただき、「幸福論」を語っていただきました。
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人生を照らしてくれた母とキリストの教え
(作家の道に進まれたのは、生まれつき目が悪かったことが影響していると、以前伺いました。)
(曽野)
その通りです。目は苦労しっ放しでね、子供の頃から強度の近眼でした。ぼんやりとしか見えないものですから人の顔を覚えられない。それで次第に人に会うことを恐れて、一人で家に閉じこもってできる仕事がいいなと思って、作家になったところがある。
もちろん視力はあったほうがいいに決まっていますけど、私の場合は視力が弱いという肉体的にマイナスの財産のおかげで、作家の道に進むことができたんです。
小学校に入ると、母が徹底的に作文指導をしてくれました。まず書きたいものをはっきりさせてから書き出す。何を書くのか決まるまでは鉛筆を握っちゃいけない。例えば、雨の日は嫌だっていう話なら、どう嫌だったのか他人に分かるように書きなさいと言うわけです。それだけですけど、6年間鍛えられました。
(キリスト教が人格形成に及ぼした影響も大きいでしょうね。)
(曽野)
幼稚園から大学まで聖心という修道院の学校に通っていたんですけど、キリスト教は私にとって大変面白かった。振り返ると、人生の全部を照らしていただいたというか、神様という存在なしで生きてきたことは、ひと時もなかったなと思うくらいです。お祈りなどは始終さぼっていますけどね。
また、自分の一生をすべて神に捧げて、二度と本国に帰ることなく日本に赴任されているシスターたちの生き方に接することができたのも大きかったですね。どんな仕事であれ、命を懸けない仕事は全部偽物だと学びました。
「すべて存在するものは善きものである」
(これまでの人生で直面した最大の試練というのは何でしたか?)
(曽野)
それは40代の後半に失明しかけたことです。その頃、急に視力が落ちてきたのを感じて検査を受けたら、中心性網膜炎という病気に罹っていました。目を酷使し過ぎたことと強いストレスが原因だと言われました。
さらに白内障も患ってしまって。手術しようと思っても、どの眼科医も私の手術はすると言ってくださらないんですよ。「強度の近視だから視力が回復しないかもしれない。それにもし曽野さんが失明したら誰が手術したのか騒がれるから」って。
やっぱりその時が一番大変で、口述で小説を書く訓練も始めましたけど、何本か連載を休載しなければなりませんでした。
そういう状況が半年くらい続いた時に、ある先生が手術を引き受けてくださったんです。50歳になる少し前のことでした。
私はね、イタリアの神学者トマス・アクィナスの「すべて存在するものは善きものである」という言葉が大好きなんです。
自分の思い通りにならなくて、愚痴や不平不満を漏らしている人が多いけれども、存在するものはすべて善きものだと思えば、呪わなきゃいけないこともなくなるし、辛いことがあっても人生楽しくなるんですよ。
インドで知った幸福に生きるヒント
(人生を歩んでこられて、幸福に生きるためには何が大事だと思われますか?)
(曽野)
いろいろありますけどね、やっぱり、できたら与えることだと思います。私は昔から「くれない族」と定義していますけど、青年でも中年でも「~をしてくれない」と言い始めた時から、既に精神的な老化が進んでいる。
それは危険な兆候だと思って、自分を戒めたほうがよろしいかもしれません。他人が「~をしてくれない」と嘆く前に、自分が人に何かしてあげられることはないかと考えるべきです。
それから、以前インドへ行った時に、感じのいい日本の若者たちと出会いました。彼らは皆、自分で貯めたお金を使って誰の迷惑も掛けずに、長期間インドを旅行していたんですけど、私と同行していた神父さんがこう言ったんです。
「彼らは少しも幸せそうに見えなかった」と。「どうしてですか?」と私が聞くと、「彼らは自分のしたいことをしているだけで、人としてすべきことをしていないから」とおっしゃったんです。
自分のしたいことを自分の力ですると同時に、他者のためにさせていただくという気がない人間は大人とは言えない。真に幸福な人生も生きられない。だから、7割は自分の楽しみ、3割は育てたいもののためにお金と時間を使う。年を取れば取るほど、そういう人間になれるといいですね。
(本記事は月刊『致知』2018年11月号のインタビュー記事「自己丹誠こそ幸福への道」を一部抜粋・編集したものです。あなたの人生、健康、仕事の糧になるヒントが見つかる月刊『致知』の詳細・購読はこちら )
◇曽野綾子(その・あやこ)
昭和6年東京生まれ。29年聖心女子大学文学部卒業。大学在学中から執筆活動を始める。夫は作家の三浦朱門氏(平成29年死去)。『いまを生きる覚悟』(共著/致知出版社)『イエスの実像に迫る』(海竜社)など著書多数。