【WEB限定連載】義功和尚の修行入門——体当たりで掴んだ仏の教え〈第47回〉根来寺で精神の荒廃を考える

小林義功和尚は、禅宗である臨済宗の僧堂で8年半、真言宗の護摩の道場で5年間それぞれ修行を積み、その後、平成5年から2年間、日本全国を托鉢行脚されました。和歌山では堂塔2700余を誇った根来寺(ねごろじ)を訪れ、高野山を攻略した織田信長、その後を引き継いだ豊臣秀吉に攻められ焼失した時代に思いを馳せるとともに、それ以降の日本の歴史や精神の荒廃を深く考えます。

堂塔2700余の威容を誇った根来寺

大阪府道・和歌山県道63号線に出て、一路南に向って托鉢した。そこには根来寺(和歌山県岩出市)があった。

「織田信長と戦った根来寺。こんなところに……」。思わぬ発見である。この思わぬというところに感激する。次の町には何があるか。分かっていたらドラマにもならない。

余談が入ったが、根来寺である。もはや当時の威容はないが、説明文か私の記憶では堂塔2700余と称し栄えた。

「ほう……」。この視界全域が寺領か。恐るべき勢力である。しかも、鉄砲製造の拠点でもある。織田信長で思い出されるのが今の大阪城。そこには石山本願寺があった。その宗門と戦ったのが、石山合戦(元亀元年~天正8年)である。

人間は金銭、その利害関係で戦争をする。それは常のこと。しかし、心の支えを必要とする宗教においても戦争が起こるということ。これも忘れてはならない。

精神文化壊滅の第一歩となった廃仏毀釈

戦国時代を制したのは徳川家康である。海千山千の戦闘集団を制圧して天下を掌握した。もはや徳川家に反抗するものはいない。ともかく戦国時代は終わった。

ただ、武力だけで国家が安定するかといえばそうではない。経済(所得)も重要である。ならば経済が良くなれば、国は安定するだろうか? 十分ではない。では、何が必要だろうか?

心を支える精神文化。それが重要である。もともと日本には神道があり、また、聖徳太子が導入した仏教がある。この二つが習合して明治維新までの千数百年、日本人の精神面に果たした役割は甚大である。

徳川幕府は賢明であった。この宗教に対する弾圧を控えた。逆に幕府の体制の中に組み入れ、それを保護した。治安、経済、宗教。この三つを国家を支える重要な柱とした。だから300年間、江戸幕府は存続した。

幕末になり、ペリー率いる黒船来航により徳川幕府は開国をした。また、同時に尊皇攘夷運動が触発。過激となり、倒幕運動へと転化。徳川幕府は崩壊した。この時、仏教は徳川の幕藩体制と一体化していたので、明治政府は仏教を弾圧した。

つまり、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)である。これが日本の精神文化壊滅の第一歩となった。欧米の科学技術、政治制度導入までは明治政府の多大な功績と評価できるが、仏教弾圧は日本の精神文化を否定する暴挙であった。

心の病巣があらゆる分野に拡散

欧米の先進文化に追いつけ追い越せと、明治政府は躍起になった。富国強兵の下、軍事力、経済力を強化し、日清日露、第一次世界大戦と。とんとん拍子に勝利し近代化路線を邁進して国力を増強発展させた。

しかし、第二次世界大戦を契機としアメリカを敵に廻して敗北。その結果、天皇は象徴となり教育勅語が廃棄された。ここで仏教、神道による日本の精神文化が完全に崩壊した。

この精神文化が崩壊したツケが、現代社会の大きな欠陥となって浮上してきた。児童の登校拒否、いじめ、自殺。家庭崩壊から子が親を、親が子を殺害。この心の病巣はあらゆる分野に拡散している。

2016年7月、相模原市の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で入所者殺害19人、職員を含めて重軽傷者26人という前代未聞の事件が起きた。

同年9月には横浜市の大口病院(当時)で連続点滴中毒死亡事件が発覚。殺害者3名。不審死48名。当時勤務していた女性看護士が点滴容器に消毒液を注入したという。いずれも想像を絶する大量殺人である。

また2018年6月には、男が東海道新幹線のぞみの車内で隣席の女性を鉈(なた)で殺害しようとし、咄嗟に止めに入った男性を殺害。2019年1月1日には、原宿の竹下通りで一方通行の道路を軽乗用車が逆走。重軽傷者8人を出す惨事が発生した。

いずれも犯人は平然と語る。「誰でも良かった」と。

人間教育がない日本の現状

机や椅子をハンマーで叩き壊すように簡単に殺害する。そこに罪のカケラもない。両親への配慮もなければ、自分が死刑になる、その恐れもないのか。その障害を簡単に乗り越える。何がそうさせるのか? コンプレックスか? 

周囲を変革できない自分に腹を立てたか。その非力の自分が開き直って暴発する。そのようにも思える。心を何処に置くか。その置き場所が分からない。そんな犯行だ。

「可笑しい。何か可笑しい……。何かが狂っている」

では、西欧はどうか。アメリカはどうか。歴史を遡れば古代ギリシャ文明に突き当たる。さらにキリスト教という宗教が重なる。そうした強固な精神風土の上に教育があり、社会福祉があり、医療がある。

現代の日本はどうか。ギリシャ神話に相当する『古事記』や『日本書紀』といった神話、それがない。聖徳太子から江戸時代まで培って来た仏教もない。神仏習合(しんぶつしゅうごう)の精神文化が抹殺されたのだ。

人間が国家社会の根幹なのに、その人間教育がない。その不毛の大地に学校が、病院が、社会福祉会館が建立されたのだ。それが日本の現実である。

日本には世界に誇る精神文化があった。その精神文化が豊かに開花しない限り、こうした凶悪犯罪は増加の一途をたどり、それこそ犯罪大国の汚名さえ頂戴することにも成りかねない。極めて深刻な事態である。

つづく

           〈第48回の配信は11/27(水) 12:00の予定です〉

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小林義功
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こばやし・ぎこう――昭和20年神奈川県生まれ。42年中央大学卒業。52年日本獣医畜産大学卒業。55年得度出家。臨済宗祥福僧堂に8年半、真言宗鹿児島最福寺に5年在籍。その間高野山専修学院卒業、伝法灌頂を受く。平成5年より2年間、全国行脚を行う。現在大谷観音堂で行と托鉢を実践。法話会にて仏教のあり方を説く。その活動はNHKテレビ『こころの時代』などで放映される。著書に『人生に活かす禅 この一語に力あり』(致知出版社)がある。

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