スパイ工作は国際社会の常識——中西輝政氏が警鐘を鳴らす日本の危機感の欠如

中国を訪問した北海道大学の男性教授が中国当局に拘束され、スパイ容疑の可能性が指摘されています。一方、過激派勢力IS(イスラム国)の最高指導者が米軍特殊部隊の急襲作戦の末に死亡した際にも、シリア民主軍のスパイが暗躍していました。国際情勢を読む要諦の一つは、情報・諜報・秘密工作を意味する「インテリジェンス」——。京都大学名誉教授の中西輝政氏はこう強調しています。

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日本を取り囲むのは狡猾な国々ばかり

長年にわたり世界のインテリジェンスの研究をしてきた私の見るところ、実はこの点に関しては中国がアメリカと比べて一回りも二回りも上手なのです。インテリジェンスとは情報工作活動、いわゆるスパイ工作です。

日本人の中には、「そんな卑怯なことをしてどうするのか」「そんなことで国際関係が決まるはずがない」と抵抗感を抱く人も多く、実際、いまだに日本の学界にもマスコミ界にも正面切ってインテリジェンスの問題を議論しようという動きはありません。

ところが、国際社会におけるインテリジェンスの位置づけは極めて重要です。それは、各国がこの分野に投入している国家予算の大きさ(ざっと見て日本の数倍から数10倍)とさらに増加を続ける今日の傾向を見ても明らかです。

国際社会では、物事の善悪に拘らず影響力の大きさがやはり物を言う、正しい言い分よりもむしろ力のある者の言い分が罷り通る。それが国際社会の常識なのです。

つまり、嘘の情報を拡散して相手国を貶めることはもちろん、はったりをかませる、無理な吹っかけをする、それで相手が騙されないと分かったら、平気な顔をして一旦引き下がり、握手を求めて次の機会を待つ。

日本を取り囲むのは、勝つためには手段を選ばないこのような狡猾な国々ばかりであるという自覚を持たなくてはいけません。

諜報活動の温床となってきた日本

歴史を振り返ると、共産国の多くがそうだったように、冷戦中のソ連や中国のように、軍事力や経済力の中身が「張りぼて」でありながら、日本を威嚇してくる例が度々ありました。

インテリジェンスに無知な日本はその度に虚仮威(こけおど)しに腰が砕け、相手国に諂い続けてきた現実は、ただただ無念と言う他ありません。

日本でどのような諜報活動が行われてきたのか。そのいくつかを見てみたいと思います。

例えば、1923(大正12)年の関東大震災発生時、日本に赤十字をはじめとする各国から多くの国際救援団が送り込まれましたが、そこに多くの工作員が紛れ込んでいました。災害救援という人道上の支援はとても貴い国際協力ですが、残念ながら、こうした謀略行為もつきものなのです。

さらに恐ろしいのは、ロシア革命直後のソ連の救援団に紛れて大量の工作員が送り込まれてきたことです。彼らはこれを「日本革命」の好機と捉えて日本国内に秘密地下組織をつくり、大量の資金を投入して多くの労働組合を組織化する一方、日本の政界や学界、マスコミ界などにも手を回し、革命の下地をこしらえていきました。

心配な2020年東京オリンピック

(国際救援団の問題は)いまやインテリジェンスの世界では常識となっています。しかし、当の日本人は昔もいまも救援団をありがたがるばかりで、陰で工作活動が行われているなどチラリとも頭を過ぎることがなかったに違いありません。詳述は避けますが、2011年の東日本大震災でも、やはり同じようなことが言えるのです。

1934年11月、ベーブ・ルースをはじめとする大リーガーが来日して日米親善野球が開かれたのは有名です。後楽園球場での対戦は日本中を湧かせますが、この時、米チームのキャッチャーを務めたモー・バーグは、米国政府の工作員だったことをその回想録の中で自ら告白しています。

繰り返し述べている米中の覇権争いも、詰まるところはこの情報戦です。(中略)"ハイブリッド戦争"と呼ばれるこの情報戦は、覇権争いをも左右する勢いです。時代はいよいよ超情報戦の時代に突入したのだという思いを禁じ得ません。

その流れは2020年に東京五輪を迎え、数多くの外国人を迎え入れる日本も無関心ではいられません。国家機密や科学技術に関する情報が他国に流れ出ることは国家の根幹を揺るがすことにもなりかねないのです。

インテリジェンスに対する認識を根本から改めることを、日本人に向けて強く警鐘を鳴らしたいと思います。

(本記事は月刊『致知』2018年10月号の連載「時流を読む」の記事から一部抜粋・編集したものです。あなたの人生、経営・仕事の糧になるヒントが見つかる月刊『致知』の詳細・購読はこちら)★「時流を読む」は、世界情勢から政局の動きまでを中西輝政氏が切れ味鋭く“先読み”する全6ページのリポートです。

◇中西輝政(なかにし・てるまさ)
昭和22年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。英国ケンブリッジ大学歴史学部大学院修了。京都大学助手、三重大学助教授、米国スタンフォード大学客員研究員、静岡県立大学教授を経て、京都大学大学院教授。平成24年退官。専攻は国際政治学、国際関係史、文明史。著書に『国民の覚悟』『賢国への道』(いずれも致知出版社)など。

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