いじめは「握手」では終わらない。大平光代弁護士の体験談

例年、長期休みが明ける4月や9月は、子供たちの不登校や自殺が多くなる時期でもあります。背景にある原因の一つが「いじめ」。現代の日本社会に巣食う深刻なこの問題について、教育再建に取り組む中村学園大学の占部賢志教授と、自身もいじめを受けながら、それを乗り越えてきた弁護士・大平光代氏が本音をぶつけ合いました。

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いじめ事件でまったく触れられないこと

〈占部〉
大平さんの『だから、あなたも生きぬいて』が社会的な大ベストセラーになって10年以上になりますね。私も大変感銘を受けて、高校の授業で随分生徒たちに読ませたんですよ。

〈大平〉
そうですか、ありがとうございます。

〈占部〉
大平さんはいじめがきっかけで人生が大きく変わったわけですが、このところ再びいじめ問題が社会問題になっています。私はこの現象は、ここで楔を打ち込むことができなければより深刻化していくことになるだろうと危機感を抱いています。

〈大平〉
私も同感です。

〈占部〉
私は平成23年までの35年間、高校の一教諭の立場を貫き、現在は大学に招かれて教師を志す学生たちを指導しています。

その間、教育現場の移り変わりをつぶさに見てきたわけですが、昨今の事件も含め、いじめが社会問題化してから様々な報道がある中で、一点だけまったく触れられないことがあるんです。それは、「いじめる子供をどうするか」ということです。

過去10年間、全国の小中学校から文科省に報告されたいじめ件数は約50万件です。できるだけ少なく報告したいのが人情ですから、実際はおそらくその2~3倍はあるでしょう。

高等学校の場合は、陰湿ないじめに対しては懲戒処分がありますが、小中学校の場合は出席停止措置といって、一定期間教室から離してマンツーマンの特別指導を行うことができます。しかし、その実施件数が50万件の中で僅か23件です。

いじめられた子に関しては、例えば校区への転校をしやすくするなど様々な特別措置が既に行われていますが、いじめる子も実は教育の対象なのです。いじめる子をまっとうにする取り組みを同時並行で行わなければならないのに、そこは誰も触れません。

〈大平〉
おっしゃるとおりで、イギリスのフリースクールに視察に行きましたら、いじめる側のカウンセリングがあったんです。「どうして自分はいじめてしまうのか」と感情を吐露し、そこをきちっとケアしていく。どうしてこれが日本ではできないのだろうかと、日本の遅れを感じましたね。

これはいじめに限らず、例えばドメスティック・バイオレンスなども同じで、暴力を受ける側のケアはいろいろあっても、振るう側の心を立ち直らせない限り、根本的な解決にはなりません。

〈占部〉
いじめを起こす子供たちをアンタッチャブルな存在として、社会も学校現場も、その教育を避けてきたんですよね。なぜならその指導方法が分からないからです。しかし、全国津々浦々探せば荒れ果てた子供たちを叩き直して、見事に教育したケースが少数ですがあるのです。

〈大平〉
本来文科省の役割はそういうケースを掬い上げ、広く伝えることですよね。今回大津のいじめ事件の隠蔽に対して学校や教育委員会が大変批判されましたが、あれは文科省の責任も大きいと思うんです。

いじめはあってはならない、いじめゼロを目指せと。そしていじめを発生させたクラスの担任は能力がないとされる。だから予兆があっても、教師たちは「知らなかった」と見て見ぬふりをするのです。でも、自分たちの幼少期を振り返ってもいじめはあったし、どこの世界でも起こり得ることです。

〈占部〉
そもそも学校でのいじめは、生徒たちよりも職員室が先ですからね(苦笑)。日教組の先生が非組合員の先生に対して、机を校庭の外に捨てるなど、凄絶ないじめがありました。

〈大平〉
そのように大人の世界もあることなのだから、「いじめはどこで起きてもおかしくない。むしろ、あるものだ」と発想を変えるべきです。そして、いじめの予兆を察して報告した先生を評価するようにしなければ、何十年経っても問題は変わらないと思います。

「これが一生続くなら……」

〈大平〉
私がいじめに遭ったのもちょうどその頃、昭和50年代でした。

〈占部〉
大平さんのいじめも転校がきっかけでしたね。

〈大平〉
そうです。中学1年の途中に転校したのですが、最初は珍しいからみんな寄ってくるんですね。

でも、ある日、リーダー格の女の子が私に話し掛けた時、ほかの子と話していたので返事をしなかったらしいのです。それだけの理由でいじめの標的になりました。おそらく、彼女はいじめるきっかけを探していたんだと思います。

クラス全体の無視から始まって、持ち物を隠される、お弁当の中身をひっくり返される、トイレに閉じ込められて水をかけられる……。

〈占部〉
次第にエスカレートしていくんですね。

〈大平〉
はい。40人のクラスで、実際いじめを行っているのは5~6人程度で、それ以外の子は全員傍観者です。「変にかばったりしたら、次は自分がいじめられるかもしれない」と怖かったんだと思います。

でも私からしたら、積極的にいじめなかったとしても、あなたたちは私を見殺しにしたという思いは、ずっとありました。

それで2年生になって、主犯格の子たちとは別のクラスになり、初めて「親友」と呼べる3人の友達もできました。いままで孤独でしたから嬉しくて、彼女たちには好きな子の話とか、親にも言えない悩みを打ち明けていました。

しかしある時、それが全部ウソだったことが分かりました。3人は私から聞き出した話を主犯格の子たちに全部バラして、陰で私を笑いものにしていたんです。この時が、どんないじめよりもしんどかったですね。

〈占部〉
私が10年ほど前に大平さんの本を生徒たちに読ませた時、彼らが最も共感したのはその場面だったんですね。本当にそうだと。心許せる親友だと思っていた人に裏切られた時、どんなに辛いか自分も分かると。真剣に書き綴った感想文がいまも残っています。

〈大平〉
私も、いま思えば学校に行かんでもよかったし、いろいろな選択肢があったなと思います。でも、当時は「いじめられたら学校に行かなくていい」という時代ではありませんでした。この状況が一生続くように思っていたし、場合によっては殺されるかもしれない。

だったら自分で死のうと決めたんですよね。ただ普通に死んだら、私がどれだけ苦しんだか分からないだろうと思い、割腹自殺という方法を選びました。

子供でしたからね、お腹を刺せば死ねると思ったんです。ところが全然意識はなくならない。痛い、苦しい……。ああ、自分は死ぬこともできへんのかと、いまにして思うと大変罰当たりなことを考えました。

一命を取り留めた後、結局私は学校に戻りました。「先生がちゃんとしてくれると約束してくれたし、学校に行けへんかったら恥ずかしいから、お願いだ」と母に懇願され、親にまで見放されたくないという思いが強かったので、母がそこまで言うならと、登校したんです。そうしたら、

「死にぞこない」

と。結局、何も変わっていませんでした。しばらくは頑張ったのですが、いよいよ耐え切れなくなって、「こういうことをする子たちが『人間』というなら、私は人間やめたろ」と思いました。

そうして暴走族に入り、やがて暴力団の組長の妻になりました。小娘が遊んでいると思われないよう、二度とこの世界から出ないことを示すために、入れ墨も入れたのです。

健全な学級経営ではいじめは起きない

〈占部〉
先ほど凄絶ないじめ体験の中で、傍観者についてのお話がありましたね。実際、いじめに関わっているのは数人で、クラスの大半が傍観者だと。それに関して、貴重なデータがあるんです。

クラス全体を、「いじめる子」「いじめられる子」、さらに傍観者を「心弱き傍観者」「冷たい傍観者」の2つに分け、たまに出てくる正義感の強い「仲裁を買って出る子」の五つのグループに分け、これを社会的スキル、つまり人間関係を結ぶ力と関連させてクロスチェックしたわけです。

結果は、やはり仲裁を買って出る子が圧倒的に社会的スキルが高い。一方で、いじめは本当はいやだ、でもかばったら自分が標的にされてしまうと思っている「心弱き傍観者」も実は社会的スキルは高かったのです。

これは何を意味しているかというと、ひょっとするとクラスの大半を占める傍観者は、教育の力によって仲裁者側に回る可能性を秘めていると、そういう望みが見えると思うんです。逆に、手抜きの教育を行えばいじめる側に加担する可能性もはらんでいる。

〈大平〉
それは私も常々思っていることでして、心弱き傍観者は一人では何もできません。でも、そういう子たちが集まって、しかもそこに大人が一人加わって強固なものにしていけば、圧倒的に数が多くなるわけです。そうなると、いじめる側は自然と声が小さくなります。

〈占部〉
まして子供の世界ですから、そういう雰囲気が出てくれば、一気に変わるんですよ。ただ、如何(いかん)せん力量のある教師の数が年々減ってきています。冒頭、私がいじめの状況は深刻化していく可能性があると申し上げたのは、そこなんです。

いま学校の中で一番衰えているのは、教師の「学級経営力」です。

いい学級をつくって、健全に経営をしているクラスに深刻ないじめが発生することは絶対にないんです。子供たちと担任教師との絆が壊れていくと、いじめが起こったり、盗難が発生したり、モンスターペアレンツが出てきたりする。

私は35年の教師生活でただの一度もいじめを深刻化させたことはありません。コツは学級経営にあります。

〈大平〉
やはり教師の存在は大きいですね。私の時は、「よく話しておいたから、みんなの前で握手して仲直りせい」と(笑)。なんの解決にもなりませんでした。

〈占部〉
私が学級経営でずっと心掛けてきたのは人間関係づくりです。

まず、生徒一人ひとりに必ず役割を与える。そして役割を与える時、なるべくタイプの違う5人グループをつくっていくと。

例えば文化祭の運営委員にまったくタイプの違う、口もきいたことのない二人を選ぶ。そうすると、それぞれに2、3人ずつ友達がいて、最初はみんなぎこちなくやっているのですが、文化祭が近づいてくると一つになって燃えていく。結局、この5、6人が生涯の親友になっていった、というケースはいくらでもあるんです。

だから個性の違う者同士を結び付け、相互補完させることで大きな力を生むということを体験させることが大事です。

〈大平〉
それは非常に大事なことだと思います。

私は転校する前、尼崎に住んでいました。あそこは在日の方や中国の方が多い地域ですが、お友達の家に行くと、まったく文化が違うんです。お椀を置いたまま食べるとか、立て膝とか、初めてのことに興味津々ですよね。

そのことを家に帰って祖母に話すと、「ああ、いい経験したね。今度お友達も家に連れておいで」と肯定してくれたんですね。そこで「そんな、外国の子の家なんか行ったらあかん」と否定されたら、私も視野が広がらなかったと思うんです。

〈占部〉
異質なもの、自分の尺度に合わない人間を排除しようとするところからいじめは生まれてきます。むしろ、小さい頃から個性の違う友達を受け入れることをきちんと教えていけば、子供はちゃんと理解していきます。


(本記事は月刊『致知』2013年1月号 特集「不易流行」から一部抜粋・編集したものです)

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◇占部賢志(うらべ・けんし)
昭和25年福岡県生まれ。九州大学大学院博士課程修了。福岡県の高校教諭として奉職、平成23年3月退職。同年4月より中村学園大学教授に就任。福岡県立学校生徒指導主事研究協議会事務局長、福岡県いじめ問題対策協議会委員などを歴任。著書に『語り継ぎたい 美しい日本人の物語』『子供に読み聞かせたい日本人の物語』(いずれも致知出版社)などがある。月刊『致知』に「日本の教育を取り戻す」を連載中。

◇大平光代(おおひら・みつよ)
昭和40年兵庫県生まれ。中学時代にいじめを受けて自殺を図る。その後、非行に走り、16歳で暴力団の組長と結婚。22歳の時、養父・大平浩三郎氏と出会い立ち直り、29歳の時に司法試験に一度で合格し弁護士となる。平成12年に体験記『だから、あなたも生きぬいて』(講談社)を出版、260万部の大ベストセラーになる。

◉壮絶ないじめ体験を語られた大平光代さん。現在では弁護士としてご活躍されていますが、その転機は何だったのか。人生を諦めかけたその時、大平さんの心を救ったある「出逢い」そして言葉とは――発売前から大反響の本著に明かされています。

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