【WEB限定連載】義功和尚の修行入門——体当たりで掴んだ仏の教え〈第38回〉愛媛の札所を巡拝し香川へ

小林義功和尚は、禅宗である臨済宗の僧堂で8年半、真言宗の護摩の道場で5年間それぞれ修行を積み、その後、平成5年から2年間、日本全国を托鉢行脚されました。時々雪に見舞われる四国巡礼の旅も大詰めを迎え、愛媛そして香川へと進みます。

 

のどが膨れ生霊を祓う

愛媛県は高知県と違ってお寺とお寺との間隔が近い。一日で数ヶ寺参拝することもある。

愛媛県松山市といえば、まず道後温泉。これは古い。夏目漱石の「坊ちゃん」。それに正岡子規の俳句は有名である。さらに、司馬遼太郎著「坂の上の雲」から日露戦争の秋山好古、真之兄弟などなかなかの人物を輩出している。それに松山城。

観光旅行なら面白い、興味をそそる土地である。ところが私はといえば、霊感という二文字に心が貼り付いていた。お悟りも分からないが、この霊感。これをどのように考えていいのか分からない。また、生霊(いきりょう)である。その生の体験が次々目の前に浮かんでくる。

「お加持をして」と詩吟の先生の一言で始まった。本人の、のどが異常に膨(ふく)れている。本人は両手で押さえている。しかも、顔色が悪く、押し黙ったままだ。お加持を始めたが、変化はない。

のどに棘(とげ)でも? と思い、「病院に連れて行ったら……」と言った。

「違う、違う。続けて」と言うから続けた。そしたら、しゃべりだし、生霊が出て行った。

その本人はケロッとしている。あれだけ押し黙っていたのに。しかも膨らんでいたのどが元に戻っている。あれは衝撃であった。

詩吟の先生には最初から分かっていたことだ。それが霊感である……。生霊が見える。これは凄い。死んだ霊が見える。成仏したか、しないか。それも分かる。ともかく、一人の女性が救われた。

では僧侶はどうか? 葬儀をしたり法事をする。しかし、死者の霊までは見えない。だから、ここは霊の見える人に一歩を譲る。ただ、僧侶にはお経を上げて供養が出来る。また、生霊を祓う。そうした力はあるようだ。

しかし、何が成仏させるのか……。それは分からない。また、悟っていない僧侶がお経を上げて果たして成仏するものか? これも分からない……。頭は混乱するばかりだ。

それはそれとして、お四国は不思議な土地である。それは実感として分かる。やはりお大師さまという偉大な人物の影響力か? 大地に深く深く浸透している。それは計り知れない。

旅館や民宿。都会ならホテル、ビジネスホテルといったところか。商売だからすぐそろばんを弾く。それは当然のことだ。ところが、四国は違う。

自動車で移動する場合はともかく。遍路道を歩いて巡拝する修行者には親切で優しい。だから旅館や民宿の主人が損を承知で御接待をする。宿泊、食事を無償で提供する。それを庶民が当たり前にしている。それが四国だ。そうした精神文化がある。これはやはり弘法大師の偉大な業績ではなかろうか。

修行者に甘えは禁物

雪が降りだした。六十五番札所三角寺をお参りした時には、そこそこ積もっていた。寒い。手や足が冷える。如何(どう)いうご縁だったか……それは忘れたが、常福寺〈通称椿堂〉に宿泊した。

「寒いでしょう」と。すぐにお風呂に入った。体が冷えた時には、やはり風呂だ。肩まで浸かってゆっくり温まる。これに勝る贅沢はない。

外は雪だから、ともかく寒い。炬燵(こたつ)のなかで暖まったまま、一日ゆっくり休みたい。フト頭をよぎる。しかし、修行者にとって甘えは禁物である。一つの甘えは次の甘えにと拡大する。これが怖い。即座に頭念(ずねん)を払った。

翌朝、ここでも御接待を頂いた。そのおもてなしには心まで温まる。しかし、雪はまだちらちら降っている。そのなかを出発した。毎日のことだが、一軒一軒托鉢を繰り返していた。すると一軒の家のドアが開いた。

「寒いでしょ、お上がり下さい」

若い奥様だ。有り難い。早速、濡れた脚絆と靴下を脱いで部屋に上がった。部屋はぽかぽか。暖かい。濡れた脚絆と靴下をストーブのそばに吊るさせて頂いた。 

修行僧は行雲流水。雲の如く水の如くという。全ての執着を捨てる。それが修行である。つまり、自分の住所をもたない。ごろりと横になれる自分の家がないことだ。全てが他人の世界で生きることだ。それが修行僧だ。

お茶が出る。お菓子が出る。そして食事まで。楽しい会話のやり取り。心の底までぽかぽか暖まる。衣が乾く。靴下、脚絆が乾く。体が元気になる。ならば出発だ。御礼を申し上げてまた外に出た。

次の札所は六十六番雲辺寺である。ここは四国の最後、香川県である。急な山道を上って行った。木立が覆っているので雪はまだ浅い。金剛杖を頼りに上に上にと登る。降る雪は穢(けが)れを祓う。一面の銀世界。音が消えた。不思議な世界だ。寒いことは寒い。しかし、心は清浄になり仏の世界を遊んでいる。そんな気分である。

山頂に来た。雪が20センチほど積もっていた。ケーブルカーがある。乗れば楽だが、乗る気分にはならない。やはり修行僧のプライドか。雪道を下山した。

つづく

           〈第39回〉御大師さま誕生の地へ

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小林義功
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こばやし・ぎこう――昭和20年神奈川県生まれ。42年中央大学卒業。52年日本獣医畜産大学卒業。55年得度出家。臨済宗祥福僧堂に8年半、真言宗鹿児島最福寺に5年在籍。その間高野山専修学院卒業、伝法灌頂を受く。平成5年より2年間、全国行脚を行う。現在大谷観音堂で行と托鉢を実践。法話会にて仏教のあり方を説く。その活動はNHKテレビ『こころの時代』などで放映される。著書に『人生に活かす禅 この一語に力あり』(致知出版社)がある。

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