「褒める人間は敵と思え」落語家・桂歌丸師匠が貫いた生き方

2018年7月2日に逝去された落語家、桂歌丸さん(享年81)。人気番組『笑点』などで長くお茶の間に愛され、いまなおその姿は視聴者の心に残っているようです。そんな人気者の歌丸さんが生前語っていた哲学が「褒める人間は敵と思え」。落語家として63年を歩まれた生粋の噺家が遺した金言をお届けします。

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小学4年生で落語家になる決心

――歌丸師匠が落語の道に進まれたきっかけは何ですか。

〈歌丸〉
皆さんそういう質問をなさるんですけどね、私たちは落語が好きで落語家になっているんです。だからそれ以外、何にもないんですよね。

私が噺家になったのは昭和26年、戦後すぐですからね、もう笑いのうんと少ない時代ですわ。それで、うちは祖母が水商売を経営していたもんですから、陽気な面もあったわけですね。

私は一人っ子で、3歳の時に父親を亡くして、母親とも離れて暮らしていましたから、祖母が育ての親だったんです。祖母はよく演芸場に連れて行ってくれました。子供ですから芝居のことは分かりませんけれども、幕間にやる漫才を見るのが楽しみでね。そういう中で、「笑いの少ない時代に、人を笑わせる商売をしたい」と思うようになりました。

――時代背景や家庭環境が大きく影響しているのですね。

〈歌丸〉
それからラジオで週に2回、寄席の番組がありましてね。そこで昭和の名人たちが聴衆を笑わせているわけですよ。それを聴いて、「俺の進む道は落語家以外にない」と思ったんです。小学4年生の時でした。

――10歳にして将来のビジョンを定められた。

〈歌丸〉
迷いはなかったですね。だから私は中学も高校も行かないって言ったんです。そうしたら祖母に「みっともないから中学だけは行ってくれ」と言われたんで、嫌々中学に行っていた。宿題もやらなかったし、先生に「落語と勉強、どっちが大事だ」と怒られて「落語のほうが大事だ」って(笑)。

それでもう卒業を待ちきれなくて中学3年の11月に古今亭今輔師匠のもとに飛び込んじゃったんですからね。

私が入門した頃は、新しい寄席がいろんなところにできて、かといって、噺家の数は変わりませんから、とにかく忙しかったですよ。昼は東京の新宿、夜は千葉の市川と、前座の私ですら掛け持ちをしていましたから。それが終わってから横浜の自宅まで帰っていましたので、深夜になることもあった。それでも祖母はご飯の支度をして待っていてくれました。

ところが、噺家になって1年後に祖母が亡くなってしまったんです。64歳でした。

――ああ、そうでしたか……。

〈歌丸〉
家は一軒残してくれましたけど、夜遅く帰ってきて、自分で鍵を開けて真っ暗な中へ入っていって電気をつける。こんな寂しいことはないですよね。

でも、それからは今輔師匠が親代わりになってくださった。あと祖母と長年付き合っていた近所の方もいろいろと面倒を見てくれた。だからそこなんですよ、さっき言った周りの人に支えられたっていうのは。

その頃、今輔師匠からこう言われたことがあるんです。

「苦労しなさい。ただ、何年かして振り返ってみた時に、その苦労を笑い話にできるように努力しなさい」

苦労の壁をどう乗り越えるか、どう突き破るか、それも一つの勉強だと。若い時には師匠の言葉の真意は分かりませんでしたけど、いまになってみると大変有り難い言葉だと思います。

褒める人間は敵と思え

――これまで数多くのお弟子さんを育ててこられたと思いますが、指導するにあたって心掛けていることはありますか。

〈歌丸〉
これは今輔師匠から言われた言葉なんですが、「褒める人間は敵と思え。教えてくれる人、注意してくれる人は味方と思え」という教えは大切にしています。

普通、人間っていうのは褒められれば嬉しいですよね。怒られたら「畜生」と思いますよね。それは逆だって言うんですよ。

若いうちに褒められると、そこで成長は止まっちゃう。木に例えれば、出てきた木の芽をパチンと摘んじゃうことになる。で、教えてくれる人、注意してくれる人、叱ってくれる人は、足元へ水をやり、肥料をやり、大木にし、花を咲かせ、実を結ばせようとしてくれている人間だって。

これは噺家になってすぐ言われたんです。私の高座を聞いた人が今輔師匠に「彼は子供だけど噺がしっかりしてる」って言ったそうなんです。それを受けて、私に注意してくれたんでしょうね。いまから褒められていたんじゃ、えらいことになるって。

――含蓄に富んだお話ですね。

〈歌丸〉
それと、「噺を教わった人よりも受けて、初めてその人への恩返しになる」っていうのが私の持論なんです。教わった人より受けなかったら恩返しにも何にもなりません。私は若い時から師匠や先輩の前でも「なぁに、負けるもんか!」ってやりましたよ。

だから、私より受けなきゃダメだって弟子には言うんです。私のところにもずいぶん後輩たちが「教えてください」って来ます。で、教えますよ。「ああしろ、こうしろ」「ここが違う」とね。

そういうふうに噺を教えることはできるんです。ただ、間を教えることはできない。

私たちの商売は、早く自分の間を拵(こしら)えた人間が勝ちです。いつまで経っても間のできない噺家がいる。もっと極端に言うと、生涯間のできない噺家がいる。間抜けって言葉があるじゃないですか。それと同じですよ。だから、自分の間を拵えた人間が勝ち。それは自分で研究し、掴むしかないんです。

――人から教わるのではなく自分で掴むしかないのですね。

〈歌丸〉
それから、私が大切にしている言葉に「芸は人なり」というのがあります。薄情な人間には薄情な芸、嫌らしい人間には嫌らしい芸しかできないんです。だから、なるたけ清楚な、正直な人間にならなきゃダメだって。それが芸に出てくる。

――常日頃、自分を磨いていないとよい芸も生まれないと。

〈歌丸〉
これは噺家ばかりじゃないですよ。ビジネスマンの方でもそうだと思うんです。だからこういう言葉があるじゃないですか。「品物を売るんじゃなくて自分を売れ」。それと同じですよ。


(本記事は月刊『致知』2014年4月号 特集 「少年老い易く学成り難し」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇桂歌丸(かつら・うたまる)
本名・椎名巌。昭和11年神奈川県生まれ。26年11月、5代目古今亭今輔に入門。後に4代目桂米丸門下となる。41年5月の日本テレビ『笑点』放送スタート時から出演。43年3月、真打昇進。平成16年2月、落語芸術協会会長に就任。18年5月、『笑点』5代目司会者となる。平成30年7月2日逝去。

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