落語家、桂歌丸さんに学ぶ成功哲学——「苦労を笑い話にできるように」

昨年7月2日に死去した落語家、桂歌丸さん(享年81)。一周忌追悼公演などが予定され、いまなお落語ファンの間では話題は尽きないようです。そんな人気者の歌丸さんが生前語っていた哲学が「苦労を笑い話にできるように」。落語家人生63年を歩んでこられた歌丸さんの金言をご紹介します。

小学4年生で落語家になる決心

(歌丸師匠)
私が噺家になったのは昭和26年、戦後すぐですからね、もう笑いのうんと少ない時代ですわ。

ラジオで週に2回、寄席の番組がありましてね。そこで昭和の名人たちが聴衆を笑わせているわけですよ。それを聴いて、「俺の進む道は落語家以外にない」と思ったんです。小学4年生の時でした。

迷いはなかったですね。だから私は中学も高校も行かないって言ったんです。そうしたら祖母に「みっともないから中学だけは行ってくれ」と言われたんで、嫌々中学に行っていた。

宿題もやらなかったし、先生に「落語と勉強、どっちが大事だ」と怒られて「落語のほうが大事だ」って(笑)。それでもう卒業を待ちきれなくて中学3年の11月に古今亭今輔師匠のもとに飛び込んじゃったんですからね。

噺家になって1年後に祖母が亡くなってしまったんです。64歳でした。それからは今輔師匠が親代わりになってくださった。あと祖母と長年付き合っていた近所の方もいろいろと面倒を見てくれた。

その頃、今輔師匠からこう言われたことがあるんです。

「苦労しなさい。ただ、何年かして振り返ってみた時に、その苦労を笑い話にできるように努力しなさい」

苦労の壁をどう乗り越えるか、どう突き破るか、それも一つの勉強だと。若い時には師匠の言葉の真意は分かりませんでしたけど、いまになってみると大変有り難い言葉だと思います。

褒める人間は敵と思え

今輔師匠から言われた言葉なんですが、「褒める人間は敵と思え。教えてくれる人、注意してくれる人は味方と思え」という教えは大切にしています。

普通、人間っていうのは褒められれば嬉しいですよね。怒られたら「畜生」と思いますよね。それは逆だって言うんですよ。

若いうちに褒められると、そこで成長は止まっちゃう。木に例えれば、出てきた木の芽をパチンと摘んじゃうことになる。で、教えてくれる人、注意してくれる人、叱ってくれる人は、足元へ水をやり、肥料をやり、大木にし、花を咲かせ、実を結ばせようとしてくれている人間だって。

これは噺家になってすぐ言われたんです。私の高座を聞いた人が今輔師匠に「彼は子供だけど噺がしっかりしてる」って言ったそうなんです。それを受けて、私に注意してくれたんでしょうね。いまから褒められていたんじゃ、えらいことになるって。

それから、私が大切にしている言葉に「芸は人なり」というのがあります。薄情な人間には薄情な芸、嫌らしい人間には嫌らしい芸しかできないんです。だから、なるたけ清楚な、正直な人間にならなきゃダメだって。それが芸に出てくる。

これは噺家ばかりじゃないですよ。ビジネスマンの方でもそうだと思うんです。だからこういう言葉があるじゃないですか。「品物を売るんじゃなくて自分を売れ」。それと同じですよ。

食うか食われるかの真剣勝負

(高座は)そりゃあ、真剣勝負ですよ。もう食うか食われるかですよね。我われ噺家はお客様に笑ってもらえるか、あるいは楽しんでもらえるかが勝負。

確かに体の具合が悪い時なんかは「うわぁ、きょうは苦しいな」と思うこともありますよ。あるけど、それが芸の中に出ちゃうとお客様がスーッと引いてしまう。

だから諸刃の刀を抜いて、構えて相手と対峙しているのと同じ心境でなかったら到底、高座は務まらないですね。気を抜いたら斬られちゃいますよ。

稽古するよりしょうがないですね。我われはもう稽古以外には何もない。「噺百遍」という昔からの教えがありますよ。一つの噺は100回やらないと自分のものにならないと。

私はいまでも最低1日1回は稽古します。他の用事がない日は、お昼の12時半から夕方の5~6時までは稽古の時間と決めているんです。その間、自分の部屋へ籠っちゃう。カミさんに言うんです。「いても、いないよ」と。電話が掛かってきても、「いません」って断ってもらう。

人間の人生っていうのは短いもんですよ。だからこそ自分で選んだ道は一途に進めと。それ以外何にもないな。私はそういう神経だもんね。

ですから、ただただ落語をやるよりしょうがない。先ほども申しましたが、目を瞑る時まで現役でいたいですね。

(本記事は『致知』2014年4月号の特集 「少年老い易く学成り難し」より一部抜粋したものです。あなたの人生や経営、仕事の糧になる教え、ヒントが見つかる月刊『致知』の詳細・購読はこちら

桂歌丸(かつら・うたまる)
本名・椎名巌。昭和11年神奈川県生まれ。26年11月、5代目古今亭今輔に入門。後に4代目桂米丸門下となる。41年5月の日本テレビ『笑点』放送スタート時から出演。43年3月、真打昇進。平成16年2月、落語芸術協会会長に就任。18年5月、『笑点』5代目司会者となる。平成30年7月2日死去。

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