悲惨な交通事故をなくしたい……踏み間違い防止装置「ワンペダル」開発者の悲しみと信念

高齢ドライバーによる交通事故が多発し、大きな社会問題になっています。解決策の一つとして、ペダルの踏み間違いを防止する装置が注目されていますが、30年ほど前にアクセルとブレーキを一体化した「ワンペダル」を開発した方がいます。ナルセ機材(熊本県)の鳴瀬益幸社長です。悲惨な事故を減らしたいと普及に取り組む、その原動力と思いを伺いました

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アクセルとブレーキを「一体化」

ブレーキを踏むはずが、誤ってアクセルを踏んでしまう。慌てた運転手がミスに気づかずさらにアクセルを踏んで車を暴走させてしまう――。

ブレーキとアクセルの踏み間違いによる、このような交通事故が年間およそ7000件発生しているという事実をご存じでしょうか。

この種の事故は、運転に不慣れな初心者や高齢者によるものと考えられてきました。しかし、実際には運転年数にかかわりなく、高齢者から若者まで幅広い年齢層に及んでいます。

私は約30年前、踏み間違い事故の恐ろしさを知り、試行錯誤の末にそれを防止する「ワンペダル」の開発に成功しました。熊本の小さな鉄工所の親父が思わぬ物を発明したというのでテレビでも紹介されました。

ワンペダルは、アクセルとブレーキを一体化したペダルです。ブレーキペダルに乗せた右足の甲を、踵(かかと)を軸に右に開けば側面のレバーが動いて加速、緩めれば減速。そのまま踏み込むとブレーキが掛かる仕組みになっています。

アクセルとブレーキは別々の動作なので踏み間違いは絶対にありませんし、足が常にブレーキペダルの上にあるので、空走距離(足を踏み換えるまでの走行距離)はほぼゼロに抑えることができるのです。

AT車で誤発進した体験を生かして

ワンペダル開発の直接のきっかけは、マニュアル車からオートマ(AT)車に買い換えたばかりの頃の私自身の体験です。

後方の様子を確認しながらバックで道路に出ようとブレーキペダルを踏んだつもりが、アクセルと踏み間違えて暴走、道路に飛び出してしまったのです。もし車が通りかかっていたら間違いなく大事故になっていたはずです。

この体験が私の使命感と発明家魂に火をつけました。

約10年間の開発期間は挫折と苦労の連続でしたが、それ以上に大変だったのは、せっかく開発したワンペダルが全く受け入れてもらえないことでした。警察や交通安全協会に出向いて、踏み間違い事故の危険性を訴えてみるものの、けんもほろろ……。

ある修理工場で言われた「事故が減れば、俺たちの仕事がなくなるじゃないか」という屈辱的な一言はいまも忘れることはできません。当時の私にとってはすべてが抵抗勢力でした。

そこで思いついたのが、取り引きのあった海苔の生産者の皆さんに実際に試乗していただくことでした。すると、これが思わぬ反響を呼んだのです。

「思ったよりもずっと乗りやすく安全」という声が口コミで広まり、ワンペダルを取りつける方が徐々に増えていきました。

命ある限り続ける

ことに踏み間違い事故を起こしたことのある当事者の方々には大きな反響があり、相談を受ける機会も多くなりました。当事者の声は誰もが深刻です。

高校教師をしていた関東のある男性は運転中に暴走して自損事故を起こし、助手席にいた大切な奥様を亡くされました。私のもとにも相談に来られましたが、ショックから立ち直れなかったのでしょう。間もなくして自ら命を絶たれてしまいました。

一方で、ワンペダルが人生に希望を与えていると知った時の喜びは、何ものにも代えがたいものがあります。

事故の当事者だけではありません。病気で右足切断を余儀なくされた男性は、ワンペダルは左足だけでも運転できることを知り、そこに一筋の光を見出しました。

彼はワンペダルに惚れ込み、困っている人を一人でも助けたいと、スタッフとして私の仕事を手伝ってくれています。

ワンペダルの開発に携わって約30年。いまようやく踏み間違い事故の深刻さが広く知られるようになってきました。私たちの役割も一層重要になると自覚しています。

損得だけを考えたらワンペダルの開発や販売は全く割に合わないものです。しかし、悲惨な事故を食い止めるために、命ある限りこの仕事を続ける覚悟でいます。


(本記事は月刊『致知』2015年10月号 連載 「致知随想」より一部抜粋したものです)

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◇鳴瀬益幸(なるせ・ますゆき)
1935年熊本市生まれ。鉄工所などで修業の後、海苔の関連機械を発明したのを機に起業。79年ナルセ機材を設立、社長に就任。2011年熊本県工業大賞奨励賞を受賞。

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