生きるとは命を燃やしていくこと——登山家・栗城史多のメッセージ

2018年5月21日、8度目のエベレストへの挑戦中に、不慮の事故で早世した登山家の栗城史多さん。しかし、栗城さんの生き方や言葉、情熱はいまもなお私たちの心を鼓舞し、支え続けています。栗城さんを偲び、そのメッセージが伝わってくる弊誌記事の一部をご紹介します。(対談のお相手は、吉野山金峯山寺1300年の歴史で2人目となる「大峯千日回峰行」を満行した塩沼亮潤さんです)

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楽なルートでは極限を超えた力は出ない

〈栗城〉
僕にとって一番忘れられないのは、2007年に登った標高8200メートルのチョ・オユーという山でした。

〈塩沼〉
それはどこの山ですか?

〈栗城〉
ヒマラヤ山脈の一つなんですけど、これが生まれて初めての8000メートル級の山でした。先ほど言いましたように、この時にテレビ番組の企画で登山の様子を動画配信することになったんです。 

約1か月半かけて登っていったんですけど、頂上付近でガスがかかってしまいました。方向を見失って遭難してしまう危険があるので、仕方なくベースキャンプまで下りていったんです。

当初はそこで終わる予定だったんですけど、パソコンを開いてみると、「やっぱり栗城は登れなかった」とか、中には「死んじゃえ」といったコメントがたくさん書かれていたんです。それを見た時に、やっぱり悔しいなと。それでもう1回アタックしようと決めました。 

〈塩沼〉
そうは言っても、いったん8000メートルまでアタックして帰ってくると相当疲弊しますでしょう? 

〈栗城〉
はい。だいたい5キロくらい痩せて帰ってきます。ベースキャンプにいるプロの方からも、数日の休養だけではほとんど難しいだろうと言われていたのですが、3日間だけ休養をもらって、そこからまた1週間立て続けに登って、最後に登頂できたんですね。

そうしたらさっきまで悪口を言っていた人たちが「ありがとう」とコメントしてくれて、それは凄く嬉しかったですね。 

〈塩沼〉
しかし、もう最後の極限になると馬力なんかないですよね。 

〈栗城〉
そうですね。最後のアタックになりますと、ご飯もほとんど食べられないですし、カロリー的に計算すると全然足りませんので、どうしてこれが最後登れるのかなって不思議に感じることはよくあります。やはり最後は登らせていただくのかなと思います。 

〈塩沼〉
これはもう危ないといわれるようなプレッシャーが掛かれば掛かるほど、逆に集中力って増してきませんか。 

〈栗城〉
これは山の不思議なところなんですよね。比較的簡単なルートで「ああ、これは登れるな」と思っていると、100%の集中力は出てこないんですね。 

やっぱり壁みたいな難しいルートだったり今回のような厳しい時期に行くと、普通では登れないと分かっていますので、そうすると五感が冴えてきて、100%を超えた110%、120%の未知なる領域に辿り着けるのだと思います。

最期の瞬間まで足を止めてはいけない

〈塩沼〉
私たちはまさに極限の世界を体験させていただく機会に恵まれたわけですが、その中で何を得られたかというと、まず感謝ですね。感謝の気持ちが降りてきます。

皆さんから見ればこんなに辛くて苦しいことをしているのになぜ感謝の気持ちが湧いてくるのかと思われるかもしれませんが、そこにやらされているとか、やらなければならないというような考え方は一切ないんです。 

誰に頼まれているわけでもない。行をさせてくださいと自分がお願いをして行をさせていただいている。このこと自体が感謝。自分が行じるなんてとんでもないという心境になってきます。 

〈栗城〉
僕も登山で凄く大切にしているのは「苦しみに感謝」ということなんです。 

〈塩沼〉
苦しみに感謝、いい言葉ですね。 

〈栗城〉
苦しみが来た時に、どうやったら苦しみから逃れることができるのかなと、山の中でいろいろ試したことがありました。でも、苦しみから逃れることはできないですし、かと言って、戦いを挑めば挑むほど、どんどん苦しくなっていきます。

最後は、この苦しみはもう自分のお友達なんだと思い始めてから、スーッと行けるようになりました。だから、本当に苦しい時は「ありがとう」「なんて素敵な経験をさせてもらっているんだろう」と言って登っていくことが大切だと思います。 

〈塩沼〉
行の最中は一切の妥協も許さないですから、目も吊り上がってもの凄い形相なんですけど、その一方で、心の中には歌を口ずさみながら野山を散歩している幼な子のような自分もいたりするんです。何にも負けない厳しさと子供のような純粋さが一体になっていなければ、山の中で大切な何かを見出すことができないでしょう。 

ある時、「謙虚、素直」「謙虚、素直」って自然と口にしながら歩いていたんです。謙虚であり、素直であるからこそ、すべてを聞き入れることができるし、自分自身成長できる。やはり人間は最期の一息まで、足を止めてはいけないと思うんですね。生涯向上心を持ち続けることが大事だと思います。 

〈栗城〉
僕も何かをやり遂げた人にはなりたくないと思っているんですね。つまり、エベレストを登った人とか、8000メートルを登った人を目指しているのではなくて、あくまでそれは一つの過程にすぎない。そこから先もまた成長していきたいと思っています。

ですから、この指がたとえ切断という結果になったとしても決して心が折れることはありません。 

〈塩沼〉
栗城さんは厳しい挑戦を通じて素晴らしい心境に達せられましたね。ただ、いま抱えている問題が最悪の状態になった場合は、いままでとは違ったアプローチに挑戦することになるのでしょう?

 〈栗城〉
いままでのように単独で登っていくことは難しいと思います。その時は仲間に助けてもらう登山になるかもしれませんが、山に行くということはやめないですね。 

8000メートルの世界ではあらゆるものが命の炎を消しにかかってきます。時に消されたほうが楽だと思うこともあります。だけど、その力にあえて対抗して、メラメラと燃えていこうとする自分もまたいる。 

やはり生きるとは何かに一所懸命打ち込んでいく、命を燃やしていくことだと思いますので、いつまでも自分への挑戦は続けていきたいですね。


(本記事は月刊『致知』2013年4月号 特集「渾身満力」から一部抜粋・編集したものです)

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◇塩沼亮潤(しおぬま・りょうじゅん)
昭和43年宮城県生まれ。61年東北高校卒業。62年吉野山金峯山寺で出家得度。平成3年大峯百日回峰行満行。11年吉野・金峯山寺1300年の歴史で2人目となる大峯千日回峰行満行を果たす。12年四無行満行。18年八千枚大護摩供満行。現在、仙台市秋保・慈眼寺住職。大峯千日回峰行大行満大阿闍梨。著書に『人生生涯小僧のこころ』『人生の歩き方』(ともに致知出版社)などがある。 

◇栗城史多(くりき・のぶかず)
昭和57年北海道生まれ。大学の山岳部へ入門した2年後の平成16年北米最高峰マッキンリー(6194㍍)の単独登頂に成功。19年世界第6位チョ・オユー(8201㍍)を単独・無酸素登頂し、動画配信による「冒険の共有」を行う。20年世界第8位マナスル(8163㍍)単独・無酸素登頂。21年世界第7位ダウラギリ(8167㍍)単独・無酸素登頂、インターネット生中継に成功。2018年死去。

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