なでしこジャパンの強さの秘訣は日常にあり 中田久美×高倉麻子

競技は違えど、ともに指導者としてチームの勝利に力を尽くしてきたバレーボール全日本女子監督の中田久美さんと、サッカー日本女子代表監督の高倉麻子さん。日本チームを世界の頂点に立たせるべく奮闘するお2人に、真に強い組織をつくる要諦をお話しいただいた。

指導者への道

高倉) 

久美さんは現役時代、3回オリンピックに行っていますよね。私は初めてサッカーが正式種目になったアトランタオリンピックに行きましたが、惨敗しているんです。それがすごく悔しくて。バレーの成績はどうでしたか?

(中田) 

私の時は3位、4位、5位だったんですけど、何なんですかね、あのオリンピックって。

(高倉) 

やっぱり特別でしたか?

(中田) 

特別ですよね。でも、私の中ではオリンピックって、観るものじゃなくて、出るものだと思います。四年間かけて準備してきたものが、あの一瞬でどう出るかって思ったら、やっぱり特別な気持ちになりますよ。

もしかしたら、その特別なものに自分がチャレンジするっていう過程が、すごく刺激的なのかもしれません。一か八かの勝負をかけて、それこそ自分の限界を超える努力をするわけじゃないですか。健康を害してでも自分の可能性に挑戦していくだけに、やはり独特なものはありますよね。

(高倉) 

プレッシャーもやはり相当なものでしたか?

(中田) 

試合前になるとほんとに眠れないんです。オリンピック本番で手が震えたことはないですけど、出場権を獲得するための予選で、テーピングが巻けないくらい手が震えちゃったことはありました。それくらい緊張するってことはあまりないので、あの時の手の震えはちょっと異常でしたね。

(高倉) 

現役としてやられていたのはいつまでですか?

(中田) 

全日本は27歳までで、現役を引退したのは31歳です。

高倉さんは長くやられていましたよね?

(高倉) 

36歳までやっていました。当時はだいたい30歳になる前には皆やめていましたけど、私はモチベーションが下がらなかったんです。33歳で結婚もしましたけど、まだうまくなれるってずっと思っていましたから。

(中田) 

なぜやめたんですか?

(高倉)

「このままやっていたら、命にかかわるのでは?」と思ったんです。というのも、女子サッカー界では1990年代後半から企業の撤退が相次いで、2000年にシドニーオリンピックを逃したことでさらに状況が悪化したんです。

どこのチームも運営が苦しくなって、例えば自分たちで募金活動をするとか、試合会場が思いどおりに借りられなくて、真夏の2時から試合を始めたりとか。そういったことすべてを必死に頑張るので、疲れすぎて回復するのに時間がかかる。

一方、その年は男子の大会で試合中にグラウンドで倒れて、亡くなられる方が何人か出てきたのを見て、それで私もこのままやっていたら、もしかして死んじゃうかもと思ったんです。

ちょうどその頃、「なでしこジャパン」という名称がついて、次のアテネオリンピックの出場権を獲得するなど、少しずつ日本女子代表が復調していたこともあって、「もう1つの時代は終わったんだな、別のことをしてゆっくり暮らそう」という感じで、ほんとにひっそりやめました。

(中田) 

それがいまではなでしこジャパンの監督ですもんね。

(高倉) 

でも、私は選手の頃から指導者には絶対になりたくないと思っていたんです(笑)。指導者はいかに大変かということはよく分かっていましたから。

でも、流れの中で実際に監督をやるようになると、選手たちが必死に食らいついてくるわけじゃないですか。それを目の前にすると、やっぱり何かを返さないとという気持ちになりましたね。

(中田) 

でも私だって、10年前には指導者になろうなんてこと、全然思ってなかった。

(高倉) 

私、よく覚えてるんです、その10年くらい前に一緒に食事をしていた時のことを。

当時、久美さんはテレビに出られたり、モデルさんをやられていたじゃないですか。

(中田) 

うんうん。

(高倉) 

すごく活躍されていたから、てっきり充実しているのかと思いきや、女優の桃井かおりさんのような雰囲気を漂わせて、「私さ、つまんないんだよね」って言われたんですよ(笑)。

私はまだ現役だったからその感覚がいまいち分からなかったんですけど、「何かね、バレーみたいには燃えられない。当たり前だよね」みたいな話になって。

でも、まさかその時に久美さんが指導者になられるとは私も思っていませんでした。ただ、それからしばらくして、イタリアから戻ってきて指導者になられるって知った時には、「やっぱやるよね。好きだったら、やっちゃうよね」という感じで、ずっと気にしていたんですよ。

大事なのは日常生活

中田) 

ただ、イタリアに行く時点では、まだ指導者になろうと決めていたわけではなくて、自分が指導者になりたいのかを確かめたかったんです。とにかく自分と向き合う時間が、その時の私には必要だったんです。

でも、何だったんでしょうね、あの勢いは。日本を出る時に、決まっていた仕事を全部キャンセルして行ったので、帰国したところで何かの保証があったわけでは全然ありませんでした。「まず行かなきゃ、日本を出ないと」っていう思いがすごく強くあったんです。

(高倉) 

実際に日本に戻られてから久光製薬スプリングスに入られるまでは、結構短かったですよね。

(中田) 

半年くらいでした。最初はコーチで入って、監督になったのはその翌年からでした。

(高倉) 

そこから久光製薬の快進撃が始まるわけですけど、どんなチームづくりをされたんですか?

(中田) 

久光製薬っていうチームは、それまでも決勝に残ったりはしていたものの、最終的に勝てていませんでした。それが何なのかっていうのがありましたけど、私からすればチャラチャラしているチームにしか見えなかったんです。

だから私が最初にしたことは、選手のマインドをリセットすることでした。最初に「どこを目指すの、このチームは?」って選手たちに聞いたら、「優勝したい、日本一になりたい」って言うんですね。「だったら日本一になるための練習をしようよ。じゃそのために何が必要か書くね」って、ばーって書き出したんです。

それから片づけですね。というのも、体育館と隣接する合宿所の廊下に私物が散らばっていて、中にはやめた選手の箪笥まで放置されていたんです。すぐに選手を集合させると、「これではダメ、日本一にはなれない。すぐ片づけなさい」と言って、各自の部屋から体育館の掃除まで当番をつくって全部一からやり直させました。

なぜそうしたかと言うと、周りの変化に気づけない人たちが、自分たちのチームの問題に気づけるわけがないからなんです。

「汚い」とか「汚れてる」って気づけない人に、チームの何が気づけるんですかって話です。日常生活ってすごく大事で、いまはコートの中だけちゃんとやっていればそれでいいっていう風潮がありますけど、答えは日常生活の中にある、と私は思うんです。

(高倉) 

絶対ありますよね。

(中田) 

やっぱり気づけないと、いろんなことに。例えば相手が作戦を変えてきたとか、そういうちょっとした変化に気づけることが、応用能力とか対応能力に繋がっていくと思うんですよ。

(高倉) 

サッカーでも一緒ですね。ワールドカップでなでしこが勝った時に海外のメディアは「日本人は、味方を輝かせるパスを出せる」と評していました。

要は相手が何を考えているのかを自然に読んで、例えば「きょうは調子がよさそうだとか、味方の状況を見て、感じて、パスの質を変えられる」とか、そういうことがものすごく積み重なって、なでしこのサッカーはできていたんです。

「空気を読む」「阿吽の呼吸」っていうのは日本人ならではのもので、海外の人に話してもニュアンスが伝わりにくいんです。でも、そこが日本人の強みであって、その力を引き出すためには、やっぱり気づける人になることですね。

(中田) 

あとはとにかく、どんな小さな試合でも、やるべきことを明確にし、課題を与え、それを積み上げていきました。「リーグが終わるまでにはここまで絶対やる。それをクリアしなさい」と言ってやっていたら、いつの間にか全部勝っていたっていう感じでした。

(本記事は月刊『致知』2018年4月号「本気 本腰 本物」から一部抜粋・編集したものです。各界一流の方々のご体験談や珠玉の名言を多数紹介。あなたの人生、経営・仕事の糧になる教え、ヒントが見つかる月刊『致知』の詳細・購読はこちら

 高倉麻子(たかくら・あさこ) 

昭和43年福島県生まれ。15歳でサッカー日本女子代表に初選出される。高校2年生から読売日本サッカークラブ・ベレーザ(現・日テレ・ベレーザ)でプレー。日本女子代表では通算79試合に出場し、歴代7位の29得点を記録。平成26年監督として17歳以下の女子ワールドカップで日本を初優勝に導く。28年サッカー日本女子代表監督に就任。

 中田久美(なかだ・くみ)  

昭和40年東京都生まれ。15歳でバレーボール全日本女子に初選出。高校卒業後、日立製作所に入社。セッターとして3度五輪に出場し、ロサンゼルス五輪で銅メダルを獲得。平成23年久光製薬スプリングスのコーチを経て、翌年監督に就任。在籍中、国内の主要大会すべてでチームを優勝に導く。28年バレーボール全日本女子監督に就任。

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