人にはそれぞれ生きるスピードがある。障がい者支援30年、竹中ナミさんが思うこと

最新の科学技術を活用した障がい者支援に、20年以上にわたり奮闘してきたプロップ・ステーション理事長の竹中ナミさん〈写真〉。24歳の時に授かったご息女が重度の障がいを伴って生まれてきたことから、家族を幸せにするため、現在の道へと進まれました。昨今、障がいのある人に対する虐待や事件が話題となる中、私たちは果たしてどういう心を持っていけばよいのでしょうか。竹中さんと親交が深く、iPS細胞などの最先端医療に第一線で取り組む髙橋政代さんと語り合っていただきました。

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生きているだけでいいんや

〈髙橋〉
ナミねえ(編集部注:竹中さんの愛称)は、どんなきっかけで現在の活動に携わるようになったんですか。
〈竹中〉
いま母親の話が出ましたけど、私にも同じような体験があって……。私は1948年に神戸で生まれたのですが、父は京都帝国大学出身で、戦後は大企業の重役コースを歩み、母は母で熊本の旧家のお嬢様だったんですね。

ところが、その母は旧家の出にも拘(かかわ)らず、父親と長男だけが一段高い席に座って尾頭付きの料理を食べ、その他の家族は質素な生活をする、というような当時の風潮が許せなかったんですって。

子育てでも、私が夜泣きでギャーっと泣くと、起きておっぱいをあげないといけないじゃないですか。それを繰り返すのが堪らなく嫌だったみたいで、日記に「今夜もナミが泣いている。私は起き上がって乳をやっているが、夫はその横で寝ている。ナミ、お前は男に負けない女になるんだよ」みたいなことを書いているんです。

〈髙橋〉
すごい母親ですね(笑)。

〈竹中〉
しかも、父が子供を可愛がらないなら分かりますけど、父は近所でも子煩悩で有名だった。

そんな母でしたから、次第に女性解放運動のようなものに嵌(はま)っていって……。重役コースを歩んでいた父も、ある日、労働者が革命歌を歌いながら歩いている姿になぜかシンパシーを感じ、会社の窓から手を振ったことで勤め先をクビになってしまいました。「アカ」だとレッテルを張られたんです。

〈髙橋〉
解雇されてしまった。

〈竹中〉
その時、母はどうしたかというと、「世の中にとって正しいことをしたわ。クビになったことは正しい」と言って、お赤飯を炊いた。以後、我が家はどれだけ貧しい生活をしなければならなかったことか、もう本当に。親戚の家を転々としていた時期もあります。

そうした中で、私はグレて家出を繰り返し、悪い人とも付き合うようになって、「神戸で一番のワル」と言われるようになりました。周りからは「日本の非行少女の走りや!」と言われてました。

〈髙橋〉
どんなことをしたら、そう言われるんでしょうか(笑)。

〈竹中〉
でも、両親からは「うちは貧しい」という言葉を一回も聞いたことがありませんでしたね。

それに、私がたまに家に帰ってきた時も、父は「ナミ、お前が生きているだけでいいんや」と温かく迎えてくれるし、母も「あなたはいつか何者かになるからいいのよ」と怒られなかったんです。

〈髙橋〉
常に受け入れてくれた。

〈竹中〉
だから、友達からはよく「ナミは絶対に実の子じゃない。本当の子だったら親はナミのことを怒る」と言われていました(笑)。

人にはそれぞれ生きるスピードがある

〈竹中〉
15歳の時にアルバイト先で出逢った人とは即同棲して、高校は除籍。16歳で結婚して主婦になったんやけど、その後の大きな転機となったのは第二子の出産でした。24歳で授かった長女の麻紀が心身に重度の障がいを持って生まれてきたんですね。

〈髙橋〉
娘さんが障がいを……。

〈竹中〉
そして麻紀の訓練施設に通う中で、目が見えない、耳が聞こえない、精神に重い障がいがあるなど、あらゆるチャレンジドの方に出逢っていったんですが、もう皆すごいんですよ。想像していたような「可哀そう」とか「気の毒」という感じの人は全然いない。


※「チャレンジド」とは「障がいを持つ人」を表す新しい米語「the challenged (挑戦という使命や課題、挑戦するチャンスや資格を与えられた人)」を語源とする呼び方。障がいをマイナスとのみ捉えるのでなく、障がいを持つゆえに体験する様々な事象を自分自身のため、社会のためポジティブに生かしていこう、という想いを込め、プロップ・ステーションが1995年から提唱している


〈竹中〉
だから、私はいろんなチャレンジドに出逢って思うようになったんです。世の中の福祉がチャレンジドを何かやってあげなければいけない、「可哀そう」な存在だと見なすところから出発しているのが、そもそもの間違いなんだなと。もっとチャレンジドができることに目を向けて、どうやったらできるようになるのか考えていこうと。

〈髙橋〉
本当にその通りですね。

〈竹中〉
それから、私は娘を授かって初めて、人はそれぞれ生きるスピードが違うんやということを学びましたね。これは私が娘から学んだ最大のことだと思います。

〈髙橋〉
生きるスピードが違う。

〈竹中〉
人間は生まれて何か月で喋るようになり、何歳でこうなって、ということが常識のように言われていますけど、麻紀は上の兄が喋れるようになった年齢になっても、喋らないどころか、いまも喋ることはできません。麻紀は麻紀のスピードで生きているんですね。

だから人は皆それぞれ、私も私でいいと開き直ったんです。「人間はこうでなくちゃいけない」という世の中にある枠から、ある意味すごく不遜(ふそん)なんやけど、麻紀のおかげで解放されました。

あと、人が支えられる、支えるという関係は、グラデーションのようなものだということも教えられました。世の中には支えっぱなしの人はいないし、逆に支えられっぱなしの人もいないんです。

これまでとは違う福祉

〈竹中〉
麻紀が生まれ、しばらく身体障がい者施設での介護、手話通訳といったボランティア活動に携わっていました。その中で、当時珍しかったITを活用し、いろんな人と関わりをもって生き生きと働いているチャレンジドの方にも出逢ったんですね。

その一人がSくんで、彼は高校時代にラグビーの試合中の怪我がもとで全身が麻痺してしまった。だけど、電動車椅子で大学院に通い、コンピュータをバリバリ勉強して、家業のマンション経営を助ける管理ソフトを自分で組んだりと、もうすごい子だったんですね。

ご両親も「うちの息子、すごいでしょう」とニコニコしていて、私は「ああ、チャレンジドが働けるようになるってことは、こんなにも皆が変わることなんや」っていうことを非常に実感しました。

〈髙橋〉
素晴らしいですね。

〈竹中〉
それで、Sくんと同じようなことができる人がもっといるはずだと、

「君のように働けるチャレンジドが増えれば、これまでとは違う福祉、その人に残された可能性を全部引き出す、その人がその人なりに納得して生きられる日本になるかも分からんよ」

って伝えたら、彼が「ぜひ一緒にそんな活動をしたい」と言ったんですね。

また別の重度障がいの青年はこんなことも言いました。「コンピュータが何ですごいか分かる? コンピュータがあれば、アメリカと日本の間に海があったって、同じ仕事のやり取りができるんやで。そしたら、僕が会社に行けなくても自宅に仕事が来るやんか」と。これはすごいこと言うなと思って。

そうして同じ思いを持つ仲間に集まってもらい、コンピュータなどの科学技術を活用してチャレンジドの就労支援を行う草の根団体、プロップ・ステーションを1991年に設立しました。スローガンには「チャレンジドを納税者にできる日本!」を掲げました。これが活動の始まりです。

〈髙橋〉
そうだったんですね。


(本記事は月刊『致知』2019年2月号 特集「気韻生動」から一部抜粋・編集したものです)

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◇竹中ナミ(たけなか・なみ)
昭和23年兵庫県生まれ。神戸市立本山中学校卒業。24歳の時に重症心身障がい児の長女を授かったことで、障がい児医療・福祉などを独学。障がい者施設での介護などのボランティア活動を経て、平成3年就労支援活動「プロップ・ステーション」を創設。障がい者のパソコンの技術指導、在宅ワークなどのコーディネートを行う。11年エイボン女性年度教育賞、14年総務大臣賞受賞。著書に『ラッキーウーマン』(飛鳥新社)などがある。

◇髙橋政代(たかはし・まさよ)
昭和36年大阪府生まれ。京都大学医学部卒業、京都大学医学部付属病院での勤務を経て、平成7年アメリカ・ソーク研究所に留学。帰国後、眼科医として患者と向き合いながら、京都大学医学部付属病院探索医療センター助教授、独立行政法人理化学研究所と所属を替え、最先端医療の研究に取り組む。

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