四代目圓歌を襲名した三遊亭歌之介さんを発奮させた「うさぎとかめの教訓」

落語家の三遊亭歌之介さんが2019年3月21日、四代目三遊亭圓歌を襲名されることになりました。歌之介さんといえば、人生訓、健康法を交えながらの鹿児島なまりの独特の講演でも知られていますが、歌之介さんが真打ちに就任した時に教えられたという「うさぎとかめの物語」も大変印象的です。

「鶏も追い詰められて五尺飛び」

(3代目三遊亭圓歌)師匠のもとで4年間の修業を終えると、二つ目に昇進します。親のもとで温められたひよこが、親元を離れて、よちよちながらも独り歩きすることになったわけです。当然、仕事は1人で見つけねばなりません。

二つ目になりたての23歳のとき、税務署に確定申告に行ったところ、職員から言われました。「申告の必要はありません。年収60万円いっていらっしゃらないから」と。職員にしてみれば、私のほうがよっぽど「深刻」に思えたのでしょう。

このころは収入がないので、師匠が心配している、と兄弟子から聞かされても川口から四谷まで通う電車賃すら払えないありさまでした。

貧乏のどん底のような生活を送っていたのは善兵衛荘という古びたアパートでした。トイレは共同で家賃は1万1千円。何しろボロボロでしたので、入居者も少なく、あるとき、隣に引っ越しがあったので喜んでそれを手伝っていたら、実は倉庫代わりに使うつもりだった、という笑い話までありました。

それでも、私はこの安い家賃を9か月滞納し、あやうく水道料金を止められそうになったほどの低収入でしたから、アパートの前に住む大家の目を避けて通る日が続きました。

しかし、「鶏も追い詰められて五尺飛び」とはよく言ったもので、人間、もう後に退けないほどの切羽詰まった状態になると、いろんな知恵が出るものです。ある夜、トイレで用を足した後、廊下を歩いて部屋に向かって歩きながらふと考えたのです。古い建物なので廊下のスペースだけは広い。座布団は100枚は敷けるだろう。ここに師匠方を招き落語会を開けば、家賃を完済できるはずだ、と。

「さよなら善兵衛荘落語会」と銘打った落語会は大盛況でした。「廊下で落語会なんて一生に一度だろう」。そう言って、何人もの師匠方が喜んで参加してくださったのです。狭い廊下に120人もの観客が集まり、立ち見まで出るほどで、落語にも自然と熱が入りました。

集まったお金の半分を家賃に充て、半分は師匠方とともに食事をしました。家賃の完済とまではいきませんでしたが、これがきっかけで大家の私を見る目が変わりました。ただ、それからなお2年間善兵衛荘に住んでいたので、みんなからは「嘘つきなやつだな」と言われてしまいましたが。

「うさぎは、どうしてのろまなかめに負けたのか。言ってごらん」

私が、笑いを交えながら人生や経営、子育てなどについて私なりの考えを盛り込んだいまの落語のスタイルを確立したきっかけを与えてもらったのは、遠縁に当たるジュポン化粧品本舗の故養田実社長です。

養田社長は若いころ、柳亭痴楽師匠に弟子入りし、落語家を目指した経歴の持ち主だけに、私の気持ちをよく理解してもらい、「これからの時代、落語だけで食べていくのは難しいから、半分は落語、半分は講演にして企業を回ってみたらどうか」と、いろいろな経営者の異業種交流会などに連れていってくださったのです。

私はここで学んだ多くの経営者の言葉や、本で読んだ中村天風、森信三、石川洋といった先哲の言葉にヒントを得ながら、それをどう落語家の自分なりに消化し、人々を笑わせ、元気づけていけるかということに知恵を絞りました。

古典落語を基礎にこれらを取り入れた私の芸風の確立は、すなわち私の人生観の確立でもありました。

養田社長から教わった忘れられない話があります。

私が真打ちになったのは昭和62年5月。林家こぶ平さんと一緒の昇進でした。真打ちが発表されると、2人がいる部屋に一斉にマスコミが押し寄せたのです。ところが、フラッシュを浴びたのはこぶ平さんだけ。数メートル横に私がいたのですが、どこの社も見向いてもくれませんでした。

考えてみれば、こぶ平さんは正蔵、三平と続いたサラブレッド、一方の私は、いわば落語界には何の縁もない田舎生まれ、田舎育ちの駄馬でした。

私はくやしくて涙を抑えられなくなって走って外に飛び出し、電車に乗りました。そこに偶然にも養田社長がいたのです。

「歌さん、浮かぬ顔してどうしたんだ」

と聞かれ、私は理由を話しました。すると養田社長はこう切り出したのです。

「うさぎとかめの童話があるだろう。うさぎは、どうしてのろまなかめに負けたのか。言ってごらん」

私は答えました。

「うさぎにはいつでも勝てると油断があったのです。人生は油断をしてはいけないという戒めです」

養田社長は「本当にそう思っていたのか。零点の答えだ」と語気を強めて、静かにこのように話したのです。

「かめにとって相手はうさぎでもライオンでも何でもよかったはずだ。なぜならかめは一遍も相手を見ていないんだよ。かめは旗の立っている頂上、つまり人生の目標だけを見つめて歩き続けた。

一方のうさぎはどうだ、絶えずかめのことばかり気にして、大切な人生の目標をたった一度も考えることをしなかったんだよ。君の人生目標は、こぶ平君ではないはずだ。賢いかめになって歩き続けなさい」

さらに養田社長は言葉を続けました。

「どんな急な坂道があっても止まってはだめだよ。苦しいときにはああ何と有り難い急な坂道なんだ、この坂道は俺を鍛えてくれているではないか、と感謝しなさい。有り難いというのは難が有るから有り難いんだよ」

私は社長のこの一言で迷いが吹っ切れたのです。そして、自分の人生の目標に向かって黙々と歩き続けよう、と思ったのです。


(本記事は月刊『致知』2001年11月号 特集「一隅を照らす」より「わが落語人生 笑いと涙で人々の心を潤したい」から一部抜粋・編集したものです)

◇三遊亭歌之介(さんゆうてい・うたのすけ)
昭和34年鹿児島県生まれ。高校卒業と同時に三遊亭圓歌に弟子入り。57年二つ目、62年真打ちに昇進。同年秋に歌之介を襲名。平成31年3月に4代目圓歌を襲名する。

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