「『源氏物語』なんて、どうせ男女の恋愛の話でしょう?」と思っているあなたへ

 

三島由紀夫に「これ以上の文学は書けない」と言わしめた物語

いまから千年以上前の平安中期に、紫式部によって書かれた『源氏物語』は、海外でも高い評価を得ている日本が誇る不朽の古典文学です。

しかし、「どうせ男女の恋愛の話でしょう?」などという先入観から、「知ってはいるけど、読んだことはない」という方が多いのではないでしょうか。

今回、弊誌『致知』にご登場の東洋思想家・境野勝悟さんもその一人でした。様々な日本古典文学を読んできたが、どうしても『源氏物語』だけは恋愛小説だという先入観から読む気がしなかったといいます。ところが、地域の奥様方と読書会をすることになった時、参加者の希望で『源氏物語』を読まざるを得なくなりました。そして、奥様方と1年、2年と読書会を続けていくうちに、境野さんは『源氏物語』の素晴らしさ、魅力にぐいぐい引き込まれていったといいます。境野さんは次のように『源氏物語』の魅力を語っています。

「月に1回2時間ずつ。最初に始めたのは睦月会でしたが、それから如月会、弥生会、卯月会、皐月会と、だんだん勉強会の数は増えていき、奥様方と何十年と『源氏物語』を学んでいくうちに、私は次第に『こんなに素晴らしい文学が千年前の日本にあったのか。日本人として誇るべきことだ』と感動するようになったのでした。

『源氏物語』の何が素晴らしいかといえば、まず一つには日本語の音の並び、文章のリズムが非常にいい。『徒然草』『方丈記』の文章も素晴らしいですが、『源氏物語』は断トツでしょう。小説家の三島由紀夫は、【『源氏物語』以上の文学は書けない】と言ったそうですが、その気持ちも分かります。
 
もう一つの魅力は、時代を超越した真実の愛を描いていることです。『源氏物語』を読むと、人間の情、男女の愛というのはここまで尊いものかと教えられます」

「制度で人間の愛に楔を打つことなどできない」

境野さんは『源氏物語』の大きな魅力として、同書が男女、人間の「真実の愛」を描いていることを強調します。男女の関係のみならず、人間はどうしてもお互いに性格や習慣の違いがあり、分かり合えないことが多いですが、『源氏物語』の登場人物たちは、皆、その違いを認め合ったうえで、お互いの愛の生活、人間関係を充実させている、と境野さんは言います。

例えば、桐壺帝の寵愛を受けた桐壺の更衣が病で亡くなる場面を境野さんは取り上げます。当時の常識では、天皇と恋愛をして子供をつくることができるのは「女御」という身分の女性に限られていました。いわば桐壺帝と桐壺の更衣の関係は、“禁断の愛”だったと言えます。そして二人の間に生まれたのが主人公の光源氏に他なりません。

周囲からの様々な嫉妬や嫌がらせを受けた桐壺の更衣はみるみる痩せこけ、とうとう深刻な病となって、里に帰ることとなります。その時、桐壺帝は次のように言って、更衣を引きとどめようとします。

“限りあらむ道にも、後れ先だたじ”と、契らせ給ひけるを、さりとも、うち捨てては、え行きやらじ”
(いずれ私たち二人は死出の旅に出るけれど、その時には遅れたり先立ったりすることはやめよう、一緒に死のうと私はずっとあなたに約束したでしょう。あんなにずっと約束していたのに、私だけを見捨てていくのですか。一人ではいかせない、一緒に死のう)

そして、桐壺帝の言葉を受けた桐壺の更衣は、「当時の掟を破ってまで、自分を愛してくれたために、桐壺帝は皆から悪口を言われ、罵倒された。さらに病でこんな姿になったにも拘わらず、もっと深く私を愛してくれた」と、最後の力を振り絞って、次の和歌を返します。

“かぎりとて別るる道の悲しきにいかまほしきは命なりけり”
(これで最期のお別れをして私は死出の旅に立ちます。死出の旅に出る時には、遅れたり、先に立ったりするのはよそうといままで何回もお約束をいただいていたのに、現実は私だけが先に死出の旅に立たねばいけない。それはとても悲しいことです)

 桐壺の更衣は里帰りをした夜に亡くなりました。政治や制度、世の中の風潮を超えた真実の愛を二人は貫いたのです。境野さんは、「作者の紫式部は、政治的な関係の中に純粋な愛などあり得ない、制度で人間の愛に楔を打つことなどできないと、時代の風潮に一矢報いた」のだと言っています。

いまを生きる私たちは、日々、様々な人間関係の中で、社会的立場や上下関係など、平安時代以上に複雑なしがらみや障害の中で、汲々として生きています。だからこそ、『源氏物語』が説くような、純粋な愛、自分の純粋な気持ちを大事にすることが求められてくるのではないでしょうか。

▼境野氏の著書『「源氏物語」に学ぶ人間学』の詳細はこちら
https://online.chichi.co.jp/item/1170.html


☆境野勝悟さんの記事

「不朽の愛の文学 『源氏物語』に学ぶ日本人の生き方」読みどころ☆
・平安時代の人も『源氏物語』に驚いた
・制度で男女の愛に楔を打つことはできない
・情を大切にするのが本来の日本人の生き方
・本当の幸せは、人と人の愛の中にある

(本記事は『致知』2018年12月号 特集「古典力入門」より一部を抜粋・編集したものです。『致知』にはあなたの人間力・仕事力を高める記事が満載!詳しくはこちら

境野勝悟
――――――――――――――――――――――
さかいの・かつのり――昭和7年神奈川県生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、私立栄光学園で18年間教鞭を執る。48年退職。こころの塾「道塾」開設。駒澤大学大学院禅学特殊研究博士課程修了。著書に『日本のこころの教育』『「源氏物語」に学ぶ人間学』(ともに致知出版社)など多数。

人間力・仕事力を高める記事をメルマガで受け取る

その他のメルマガご案内はこちら

『致知』には毎号、あなたの人間力を高める記事が掲載されています。
まだお読みでない方は、こちらからお申し込みください。

※お気軽に1年購読 10,500円(1冊あたり875円/税・送料込み)
※おトクな3年購読 28,500円(1冊あたり792円/税・送料込み)

人間学の月刊誌 致知とは

閉じる