親の暴言・夫婦喧嘩が子どもの脳を激しく傷つける(友田明美)

子どもの脳が、虐待をはじめとする養育者(親)からの不適切な養育〈マルトリートメント〉によって激しく傷つけられることが、友田明美教授らの研究で明らかになりました。マルトリートメントによるダメージから、子どもたちの脳をいかに守ればよいのか――。虐待が脳に与える影響を世界で初めて実証した友田教授に、子どもたちの脳にいま何が起こっているのか、直視すべきその現実を含めてお話しいただきました。

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子どもの脳は、いかにして傷つくのか

「虐待」と聞いても、その言葉の持つ響きがあまりに強烈であることから、多くの親御さんは自分とは関係のないことだと思われるかもしれません。

そもそも虐待という概念が医学的な観点から広まったのは、1960年代のアメリカでした。当時発表された『被虐待児症候群』という論文がきっかけで身体的な虐待への関心が高まり、フェミニズム運動の活発化に伴って性的虐待にも注目が集まるようになったのです。

1980年代に入ると、児童虐待をより生物学的な観点から捉えるようになり、次第に「マルトリートメント」という表現が使われるようになりました。日本語では「不適切な養育」と訳されますが、これは子どものこころと身体の健全な育成・発達を阻む養育すべてを含んだ呼称です。

私は、この「マルトリートメント」という言葉が、日本でも広く認知されるようになってほしいと考えています。なぜなら、実際には子どもに対して不適切な行為をしていても、虐待というと、「自分には当てはまらない」と思ったり、人格が否定されたと感じたりし、親はこころを閉ざしてしまうからです。「虐待」と言うほどのものではないと考えることで、行為そのものが見過ごされてしまう可能性があるからです。

そういった家庭を社会に繋ぐためには「虐待」より広義の「マルトリートメント」という概念が必要です。

では、マルトリートメントは子どもにどういう影響を及ぼすのでしょうか。私は小児神経科医として子どもの発達に関する臨床研究を続けてきましたが、長年のリサーチから見えてきたのは、大人の不適切な関わりによって子どもの脳が変形するということでした。つまりマルトリートメントによって、子どもの脳が物理的に傷ついてしまうのです。

ヒトの脳は生まれた時には300グラム程度ですが、時間をかけて少しずつ成熟していきます。その発達過程において特に大事な時期が、胎児期、乳幼児期、そして思春期です。これらの初期段階に、親や養育者から適切なケアや愛情を受けることが、脳の健全な発達に必要不可欠なのです。

しかし、この大切な時期に極度のストレスを感じると、子どものデリケートな脳はその苦しみに何とか適応しようとして、自ら変形をしてしまう。その結果、脳の機能にも影響が及んで子どもの正常な発達が損なわれ、それがその人の生涯にわたって影響を及ぼしていくのです。

私がこの衝撃的な結果を目の当たりにしたのは、最先端の脳科学を研究しようと2003年にアメリカに留学し、虐待が脳に与える影響に関する研究に携わったのがきっかけでした。

実際の研究では、18歳から25歳のアメリカ人男女約1500人のうち一定の条件に合う人に対して、親から虐待や暴言を受けた経験のある人たちを抽出。彼らの脳と、虐待を受けたことのない人たちの脳とをMRI(磁気共鳴断層撮影)を用いて比較したのです。

結果についてはある程度予測はできていたものの、実際に出た分析結果はその予測を遥かに上回るもので、私は絶句しました。これは何かの間違いではないかと、3年にわたって優に100回以上検証し直しました。しかし、どうやら間違いはないと分かってきたので、その内容を論文にまとめるなどして発表するようになったのです。

「マルトリートメント」が子どもの人生を左右する

では具体的にどのような影響が脳に及ぶのでしょうか。

まずは厳格な体罰を経験したグループの脳を調べたところ、「前頭前野」の中でも感情や思考をコントロールし、行動抑制に関わる部分の容積が、そうでないグループに比べて小さくなっていることが分かりました。さらに集中力や意思決定、共感などに関する「右前帯状回」も大きく減少していたのです。

これらの部分が損なわれると、うつ病の一種である気分障害や、非行を繰り返す素行障害に繋がることが明らかになっています。

次に女子学生を対象にして、性的なマルトリートメントを受けた経験のあるグループと、そういった経験のないグループの脳とを比較したところ、前者において「視覚野」の容積が減少していることが分かりました。しかもこの結果は、11歳頃までの思春期に性的マルトリートメントを受けた学生において著しく際立っていました。

「視覚野」は視覚に関わる領域ですが、目の前の物を見るだけでなく、映像の記憶形成とも関連性の強い場所だと考えられてきました。そのため、「視覚野」の容積減少によって、視覚的なメモリ容量の減少に繋がっている可能性があるのです。おそらく被害者の脳は、メモリ容量を減少させることによって、苦痛を伴う記憶を脳内に留めておかないようにしているのではないかと考えられます。

もう一つ、親から暴言を浴びせられるなどのマルトリートメント経験を持つ子どものケースを見てみましょう。そういった子どもたちには、過度の不安感やおびえ、泣き叫ぶなどの情緒障害、うつ、引きこもり、学校に適応できないといった症状や問題を引き起こす場合があります。

実際の研究では、18歳までの間に親から暴言によるマルトリートメントを受けた経験のある子どもと、そうでない子どもの脳とをMRIで調べてみました。すると、暴言などのマルトリートメントを受けたグループは、そうでないグループに比べて、大脳皮質の側頭葉にある「聴覚野」の左半球の一部である「上側頭回灰白質」の容積が、平均で14・1%も増加していることが分かりました。

「聴覚野」は言語に関わる領域で、他人の言葉を理解し、会話をするなどコミュニケーションの鍵を握っていますが、暴言などのマルトリートメントによって、なぜ「聴覚野」における一部の容積が増えたのでしょうか。

乳児期の子どもの脳内には、成人の約1.5倍の神経シナプス(神経細胞間の結合部)が存在し、成長とともに脳の中で木々の剪定が行われるように、余分なシナプスが刈り込まれていきます。これは神経伝達を効率化するためですが、その時期に親からの暴言を繰り返し浴びると正常な刈り込みが進みません。そのため、シナプスが伸び放題になって、容積が増えると考えられています。

では、シナプスが鬱蒼と茂ったままになると何が起きるのでしょうか。

例えば人の話を聞き取ったり、会話をしている際に、効率化がなされていないために余計な負荷が脳にかかることから、心因性難聴や情緒不安を引き起こし、ひいては人と関わること自体を恐れるようになるのです。


(本記事は月刊『致知』2018年9月号 特集「内発力」より一部を抜粋・編集したものです)

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友田明美(福井大学子どものこころの発達 研究センター教授)

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◇友田明美(ともだ・あけみ)
昭和35年熊本県生まれ。熊本大学医学部卒業。平成2年熊本大学病院発達小児科勤務。15年米マサチューセッツ州の病院に留学。18年熊本大学大学院准教授を経て、23年から現職。同大学医学部附属病院子どものこころ診療部部長を兼任。日米科学技術協力事業「脳研究」分野グループ共同研究の日本側代表を務める。著書に『子どもの脳を傷つける親たち』(NHK出版)『虐待が脳を変える』(新曜社)など。

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