「ミスター半導体」西澤潤一が語った教育の最大眼目

 「ミスター半導体」「闘う研究者」と呼ばれた東北大学元総長・西澤潤一さんが9月21日、92歳で他界されました。IT社会には欠かすことができない先駆的な技術の発明、開発に執念を燃やした西澤さんですが、一方で現代の教育に関しても一家言を有しておられました。『致知』2006年10月号より、西澤さんの発言を紹介し、その遺徳を偲びたいと思います。

即効教育は子供たちの創造性を閉ざす

アメリカの教育の特徴はなんといっても即効性を重んじることです。この影響、弊害がくるところまできてしまっている。私は機会あるごとにそれを感じないわけにはいきません。

即効性を重視した教育とは何か。問題がある。その答えを早く出す。これですね。考える過程は問題にしない。評価の対象にしない。とにかく早く答えを出す。だから、計算には電卓という発想になるわけです。
 
戦後、教育改革ということで学制が旧制から新制に変わった。そこが即効性を重視するアメリカ流の教育の始まりだったわけですが、まあ、戦争に負けたのだし、それはある程度やむを得ないことであったと思うのです。しかし、そのまま今日まできてしまった。その間に素早く答えを出す即効性、効率性一点張りの教育は骨の髄まで染み込んでいる。やはり、これはまずいという感じはあるのでしょう。けれども、アメリカ流教育の方向性はそのままだから、改善策を打ち出しても、即効教育にさらに拍車を掛けるものにしかならない。

最近いわれているeラーニングなどはまさにその典型です。マルチチョイスでパッパッと正解を出す方向にどんどん流れている。私はチンパンジー教育だと悪口を言って物議を醸しているのですけれどもね。

初等教育までの段階でやるべきこと

今年はドイツ年で、その一環としてドイツから多くの学者が来て交流が行われました。その締めくくりの日に私も招待されて出掛けたのです。そこで、名前は言いませんが、日本の有名な大学の先生がこんな質問をしたのです。

「これからの若者は国際性が不可欠である。そのためには英語がしゃべれることが絶対に必要だ。だから、子供のうちから英語を教えなければならないが、その教育がさっぱり進んでいない。これがいまの日本の教育の重要な問題だ」
 
このような要旨でした。すると、一人のドイツの学者が立ち上がって、「くだらない」と言うんです。ドイツ人ですからね、はっきり言うわけです。

「教育の最大眼目は文化の伝承である。それぞれの分野で先生方が日本文化をしっかりつかまえさせて次の世代に伝える。この目的と役割をいまの日本の教育が果たしているかどうかが最大の問題ではないのか。英語はもちろんしゃべれたほうがいいが、しゃべれなければ通訳をつければ済む話である。それを日本の教育の重要な問題だなどというのは、本末転倒も甚だしい」
 
大変感銘を受けるとともに、実に恥ずかしい思いをしました。

「三つ子の魂百まで」は知識のことではない、ということははっきり認識しなければなりません。過剰な知識の詰め込みは子供にストレスを与えるだけだと心得るべきです。ストレスになるようなものが好きになれるわけがありません。
 
初等教育までの段階でやるべきことは、「守・破・離」の「守」に徹することです。心を養う。心を鍛える。これは精神の領域だけにとどまるものではありません。能力の土壌を広く深く耕すことなんです。
 
心を養い、鍛えれば、必ずどういう生き方をするかという志が芽生えます。志に沿って生きようとすれば、知識なしにはどうにもなりません。そこから湧き起こってくる知識欲、学習意欲、これは本物です。その段階になったら、どんどん知識を詰め込めばいい。また、いくらでも詰め込めるんです。
 
初等教育までの段階から即効教育の弊害を払拭し、「守」の体系に組み替えることが必要です。しかものんびりはできない。急がなければなりません。
 

(本記事は月刊『致知』2006年10月号 特集「いまここにある日本の危機」より対談「深まる教育危機をどう立て直すか」から一部抜粋・編集したものです。『致知』には人間力・仕事力を高める記事が満載!詳しくはこちら

◇にしざわ・じゅんいち
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昭和元年宮城県生まれ。23年東北大学工学部電気工学科卒業。同大電気通信研究所教授、同所長、同大総長を歴任。この間光ファイバー通信の発明、開発をはじめ、数多くの優れた業績を挙げる。平成10年岩手県立大学学長。17年首都大学東京学長に就任。平成元年文化勲章、12年IEEEエジソンメダル、14年勲一等瑞宝章を受章。

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