【足立区給食革命物語】足立区長・近藤やよいさんが語った「おいしい給食」の実践と効果

日本一おいしい給食を目指す――。2007年に東京都の足立区長に就任した近藤やよいさんは、選挙時のマニフェストに給食の改革を掲げた。区全体を巻き込んだ「おいしい給食」運動は様々な効果、反響がもたらされましたが、その旗手となった近藤区長に、食と学力、健康の関係について語っていただきました。

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給食は食べれば栄養 捨てればただのゴミ

――「おいしい給食」事業がスタートして、周囲の皆さんの反応はいかがでしたか。

〈近藤〉
始めるにあたって「おいしい給食担当」という役職をつくりましたが、職員にしてみれば、直接は言いませんでしたけど「なぜそんな余計なことを」という気持ちだったんじゃないでしょうか。

実際、現場に入っていって矢面に立つのは職員たちですから、相当厳しい思いをしたと思います。

――現場は給食改革に反対だった?

〈近藤〉
現状を把握するために学校ごとに残菜量を定期的に量って報告するようにしたのですが、当初これに激しく抵抗を示したのが各校の栄養士さんたちでした。

学力調査の公表と一緒ですよね。限りなくゼロに近い学校がある一方、2割以上も残っている学校がある。メニューを考えるのは栄養士さんですから、それが白日の下に晒されると、優劣をつけられるような気持ちになるのでしょう。

「残菜を減らすなら、毎日子供が好きなハンバーグやスパゲッティを出せばいい」

という皮肉も聞こえてきました。

初めて「おいしい給食推進会議」を開催した時も、ベテランの栄養士さんが強く抗議してきた姿をいまもはっきりと覚えています。これから私はこういう人たちと対峙していかなければならないのだと強く感じました。

――そのような抵抗があっても断行されたのですね。

〈近藤〉
はい。いくらマニフェストだと言っても、職員も現場の人たちも私がどこまで根性を据えてやる気なのか、顔色を見ていますからね。スタートした当初は私も実際に現場に足を運び、子供たちと一緒に給食を食べました。

――区長も各校の給食に差を感じましたか?

〈近藤〉
「残菜が多い学校と少ない学校を選びました」と聞かされて視察に行くと、やはり素人目からも、工夫されているかどうかは伝わってきました。

ただ、誤解のないように申し上げておきますが、栄養士さんたちも決して手抜きをしていた訳ではないのです。これまで他校の残菜量など知りませんから、自分の学校が多いのか少ないのか分からなかったことも、差が生じた要因の一つだったでしょう。

また、各校に一人の配属ですから、どうしても孤軍奮闘に陥りやすい。そこで毎月1回、区内の学校の栄養士を集めて給食献立検討会を開き、各校それぞれのやり方を発表・共有して、区の基本レシピをつくっていきました。

――交流し、切磋琢磨することで全体のボトムアップを図られたわけですね。

〈近藤〉
子供たちのことを考えれば、ただ「頑張っています」だけではダメなんですね。

給食はいくら栄養価のあるものを並べても、食べて初めて役に立つ訳で、「食べれば栄養、捨てればただのゴミ」です。子供たちの成長を考え、どうにかして食べてもらおうと工夫を重ねていかなければなりません。

もちろん、栄養士1人が頑張っても残菜を減らすことはできませんから、校長先生を中心に、学校全体で意欲的に取り組むことが大切です。

例えば関西圏で食べられている赤だしの味噌汁なんて子供たちは食べ慣れていませんから、残菜になるケースが多いんですね。

しかし先生が「これは高級料亭で出ているんだよ」と一言声を掛ければ、子供は興味を持って食べ始めます。あるいは、「○○ちゃん、ニンジンが苦手だったのに、食べられるようになったね」という一言だけでも喜んで、頑張って食べるようになります。

だから担任の先生が給食の時間に教室で一緒に食べないなんていうのは論外。そういう姿勢が味以上に残菜に大きく影響を与えます。

――大人の関わり方で大きく変わるのですね。

〈近藤〉
実際、雰囲気が荒れている学校は残菜が多いんですよ。やはり「食の指導」まで到達できず、その前段階で止まっているのでしょう。だから給食の残菜量というのは、その学校を語る上で大きな指標になると実感しています。

給食が子供たちの食生活の最後の砦

――「おいしい給食」事業を展開してこられて、具体的にはどのような変化がありましたか。

〈近藤〉
数値で言うと、始めた当初、小学校で9㌫、中学校で14㌫だった残菜率が、2013年にはそれぞれ3.7㌫、7.7㌫にまで減りました。381㌧だった生ゴミが186㌧まで減って、金額に換算すると約7千万円分の食材が無駄にならずに済んだことになります。

――7千万円は大きいですね。

〈近藤〉
それだけでなく、子供たちの肥満傾向にもブレーキが掛かり始めて、中学1年生男子の肥満傾向者の割合率が07年の4.56㌫から12年は2.71に、女子は3.02から1.30に下がり、それとともに血糖値なども下がって糖尿病予備軍の数値も減少傾向にあります。

また、2013年の小学校の体力・運動能力についてほとんどの項目で過去最高値を記録しました。

これは給食が直接の要因とは言い切れませんが、東京23区ワーストワンと言われてきた学力面でも、2013年の学力調査では区内の小学校の平均が都の平均に近づき、ワーストワンは脱出できました。

――顕著に成果が表れていますね。

〈近藤〉
足立区は学力面だけでなく、治安や貧困、健康でもワーストワンと言われ続けてきた中で、一昨年は37年ぶりに犯罪認知件数が1万件を下回り、こちらもワーストワンの汚名を返上できました。

これはもちろん、給食以外での取り組みの効果も大きいのですが、基本的には「教育」「治安」「貧困」「健康」の4つの課題はそれぞれ独立しているのではなく、連鎖していると思っています。

――どれか一つに楔を打ち込むことができれば、一緒に改善されていくと?

〈近藤〉
例えば、足立区は他区より生活保護率や就学援助率が非常に高いんですね。しかもそれが2世代、3世代と続いてしまう傾向にあります。人は生まれる家は選べませんが、小、中学校時代に健康な心身を手にすることができれば、その先は自分で未来を切り開いていく基本ができると思うんです。

給食は1年間で198食、子供たちの3食のうちの1食を担っています。それが充実しているということは非常に大きな意味を持っています。

栄養士さんから聞いた話では、担任の先生が「家庭でもお子さんに野菜をたくさん食べさせてくださいね」と言ったところ、「うちは毎日ポテトチップスを食べさせていますから大丈夫です」と答えたお母さんがいるといいます。

――そこまで食生活が崩壊している家庭があるのですね。

〈近藤〉
事情がある家庭だけでなく、いま普通のご家庭でも両親が共働きで、1から手づくりの食事を出すことは難しいのが現状です。

手間を掛けてつくってあげたい気持ちはあっても、時間が許さない。だからコンビニやスーパーの出来合いのものを出したり、ファミレスで済ませてしまう。

しかし、そういう食事は味が濃く、それに慣れてしまうと天然の出汁などはうすくてまずいと感じるそうです。ですから、始めた頃に栄養士さんたちに言われたのは「濃い味に馴染んで育った子供たちに、出汁からつくった給食をおいしいと思って食べさせるのは無理だ」ということでした。

そういう現状だからこそ、給食で子供たちにしっかりと栄養を摂ってもらうと同時に、本物のおいしさを知ってもらいたいと思いました。

――給食が子供たちの食の最後の砦なのですね。

〈近藤〉
……口幅ったい言い方になりますが、いま足立区の栄養士、学校現場が子供たちの食の部分を給食によって必死で支えている。そう言っても過言ではないと私は思っています。

(本記事は『致知』2014年12月号より一部を抜粋・編集したものです)

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◇近藤やよい(こんどう・やよい)
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昭和34年東京都足立区生まれ。青山学院大学大学院経済学博士前期課程修了。58年警視庁女性警察官に。その後、税理士、東京都議会議員を経て、平成19年足立区長就任。

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