人工知能研究の第一人者が教える、AI時代を生き抜くために大事なこと

「ディープラーニング」と呼ばれる革新的技術の登場によって、ものすごいスピードで進化を遂げている人工知能。いまを生きる私たちは人工知能にどう向き合っていけばよいのか、
人工知能研究の最前線に立つ、柳川範之さん(写真左)と松尾豊さん(写真右)に語り合っていただきました。

牛丼が日本を救う?

(柳川) 
とはいっても、人工知能自体が私たちの進む方向を決めてくれるわけではありませんから、人工知能をうまく活用していくことが必要になると思うんですね。私は日本が人工知能を活用して明るい未来をつくれる可能性は十二分にあると思っています。
 
ともすれば「自分の仕事が奪われるのではないか」などと、人工知能のマイナス面に関心を持ってしまいがちですが、それは一方では、いままでやっていたことに人手を掛けなくても済むようになるということでもあるんですね。
 
短期的な話でいえば、これから日本は少子高齢化で人口が減っていくので、人を十分に割けない仕事を人工知能がやってくれれば人手不足の解消にも繋がります。
 
それから、人間がやると危険だったり、苦痛だったりする仕事を人工知能が代わりに行うことで人的被害も遥かに少なくなっていくはずです。
 
また、これは松尾さんに伺ったことですが、非常に高画質な人工知能の画像認識を利用して、レントゲン診断などを行えば、これまでお医者さんが見落としていたような病気を見つけることができるかもしれません。これは健康寿命が延びることに繋がるでしょう。
 
そうしたことはいまに始まったことではなくて、自動車ができれば「馭者を仕事にしていた人はどうなるんだ」とか、パソコンができれば「タイピストが要らなくなるじゃないか」とか、いままでにも起こってきたことなんです。
 
それでも、自動車やパソコンを皆が一台持つことによってできるようになったこと、そこから生まれてきたサービス、便利になったことは遥かにいっぱいあります。

(松尾) 
技術革新によるプラス面のほうが大きいんですね。

(柳川) 
やっぱり、人工知能のマイナス面ではなく、プラス面に目を向けて、それをいかに生かす方向に持っていくかを考えていくことが、これからますます大事になります。

(松尾) 
車の運転もそうですが、農業や医療、介護、調理など、これまで人が眼を使って行ってきた作業が人工知能で自動化されていくことになれば、相当大きな社会変化が起こることは確かです。ただ、僕もその変化にこそ、大きなチャンスがあるんだと思うんです。
 
それで、僕は最近「食」がいいんじゃないかと思うようになりましてね。
 
調理ロボットが発達すれば、調理ロボットを連れて海外で出店することができるようになり、世界のどこででも日本の味を食べられるようになっていくでしょう。
 
また、画像認識の技術と併わせれば、お客さんがどの料理を食べておいしい顔をしたのか、まずい顔をしたのかをデータとして採ることができるので、例えば、僕がニューヨークのお店でステーキを注文しても、僕好みのステーキを出すことができると。また、その人の健康状態や、宗教とか、いろんな人の嗜好に合わせたメニューを提供するというビジネスもできるようになっていくはずです。

(柳川) 
それは面白いですね。

(松尾) 
それで、日本食の中でも最初に自動化したらよいなと思っているのが「牛丼」なんですね。
 
なぜかというと、調理手順が簡単なことに加えて、牛丼だけで1000億円の市場があること。それから、塩やみそなど、味のカスタマイズが激しすぎるラーメンなどと比べ、牛丼は基本的に1つの味でお客様が満足している異常に完成度の高い食だということです。
 
恐らく他にも完成度の高い食はあって、牛丼を手始めに、そういう安くておいしい食を世界中でつくれるようになれば、グローバルな世界の外食産業を押さえていくことができると思うんですね。
 
これは独自に算出した数字ですが、僕は世界の外食産業の市場規模は約二千兆円あると考えていて、人工知能を活用してその四分の一でも押さえれば日本のGDPは倍増するはずです。
 
だから僕は自動運転よりも牛丼が大事だと(笑)。

(柳川) 
人工知能研究の第一人者である松尾さんに、「ディープラーニングでできることは何ですか?」と聞いて、「牛丼です」って言われた時には、思わず仰け反ってしまいましたが、いまではだいぶ説得されてきて……(笑)。

(松尾) 
最初はすごくばかにしていましたよね(笑)。

(柳川) 
ただ、松尾さんの話には大事なポイントが2つあって、1つには、これだけ技術革新が速い中で、これから日本はどこに強みを発揮していくのかを真剣に考えなければいけないということです。
 
それが牛丼であるかどうかは別にしても、日本の食産業は世界的にも高い評価を受けているのは確かですから、まずその強みにもう少しウエイトを置いていくと。
 
もう1つは、人工知能に対する発想をもっと柔軟にするということです。
 
人工知能やディープラーニングと聞くと、ハイテクな機械を利用する高度な業種をイメージしがちですが、実はそうじゃないと。食品産業のように、一見ハイテクとは結びつかないような業種にこそ、人工知能とのよい組み合わせがあって、生産性をすごく上げられるのかもしれません。

日本は世界に大きく後れを取っている

 

(松尾) 
とはいえ、日本の人工知能の技術は世界に大きく後れを取っていて、もはや勝負にならないくらいの差になっています。アメリカ、カナダ、中国、フランス、イギリス、シンガポールの次に日本がくるくらい、いや、韓国なども日本より上かもしれません。
 
実は、僕がごく身近な牛丼という例で人工知能の大切さを訴えている事情もそこにあって……。

(柳川) 
日本がそれほどの後れを取っている理由は何なのですか。

(松尾) 
例えば、グーグルの年間研究開発費は約1兆4000億円で、そのかなりの部分が人工知能に使われています。一方、日本政府が人工知能研究に出している予算は30億から40億円なんですよ。研究費から比較にならないんです。
 
さらに、向こうの自動運転関係の技術者の年収は約30万ドル(日本円で約3000万円)くらいですが、日本だと500万円ほど。報酬面でも、日本は優秀な人材を惹きつける力が全然ありません。
 
結局、人工知能などの情報技術の世界では、技術のベースをつくって、その収益を再投資していくモデルを先につくった人が勝つんですよ。
 
例えば、ディープラーニングで牛丼をつくって、下がったコスト分の利益を技術に再投資することで、今度はパスタやカレーができるようになる……、というように、とにかく再投資のサイクルが非常に速いんです。ここにグーグルやフェイスブック、アマゾンなどの企業が短期間で急成長していった理由もあるんですね。

(柳川) 
おっしゃるとおりだと思います。人工知能はデータを入れて学習させていきますから、データを入れれば入れるほど、時間を経れば経るほど賢くなっていくんですね。
 
だから、日本がいきなりどーんとお金をつぎ込んでも、残念ながら、あっという間に人工知能が賢くなれるわけではないと。
 
このことは、早くに分かっていたわけで、日本はもっと真剣に人工知能の研究に取り組んでこなければなりませんでした。ここ4~5年で、簡単には埋められないほどの差が世界とついてしまったというのは事実だと思いますね。

ますます必要になる人間力

(松尾) 
GDPも先進国の中で日本だけが伸び悩んでいますが、その主な原因も、IT産業のイノベーションの果実をものにできていないところにあると思うんです。
 
それで、私はIT産業が日本で成長していかない大きな理由の一つは「年功序列」だと考えていまして、なぜかというと、IT技術者は圧倒的に20代が強いんですよ。30代が円熟、40代になると、もう引退という感じです。
 
グーグル創業者のセルゲイ・ブリンやラリー・ペイジ、フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグも、技術者としてバリバリプログラミングをしていたのは20代で、いまは経営者としての役割のほうが強くなっています。

(柳川) 
20代が最も実力を発揮する分野なんですね。

(松尾) 
にもかかわらず、日本の年功序列ではどうしても20代が重視されませんから、そこが欧米企業との大きな差になってくる。
 
僕は、これからは職種ごとのピーク年齢を考えて仕事をしたほうがいいんじゃないかと思っていましてね。例えば、ピーク年齢が20代のIT技術者と、長い熟練が必要なピーク年齢が後ろのものづくりの職人とがうまく協力、融合していけるような働き方です。
 
それは、資産家の資産を若いトレーダーが何倍にも増やせば、高い成功報酬をもらえる金融の世界の働き方とすごく近い気がしています。ものづくりの資産・蓄積を、若者が人工知能の技術で何倍にも高めることができれば、その分のリターンをウィン‐ウィンで若者に戻してあげると。そうなれば、もっとIT産業に若者が入ってくるようになりますし、技術力も高まっていくだろうと思うんですね。

(柳川) 
人工知能に限らず、すべての技術は現実社会に導入されてこそ初めて世の中を変えるわけですね。だから松尾さんがおっしゃるように、新しい技術がうまく導入されるような工夫が必要です。
で、現代社会の中で技術を導入するのは誰かといえば、政府や個人という可能性もありますが、やっぱり圧倒的に多いのは企業なわけです。その意味で、人工知能を導入してこれから日本を変えていくのは経営者であり、改めて経営のあり方、「経営力」が問われる時代になったのだと思います。
 
私は広い意味での経営力とは、新たな未来のビジョンを掲げ、それに向かって会社なり組織なりを変革、維新していくことだと考えています。いま、技術上の非常に大きな変化が起きているのは事実なので、それに対してどう新しいビジョンを描き、どう会社なり組織なりを変革させていくか。そこがきちっとできてこそ、日本企業の経営力、ひいては日本経済の再構築にも繋がっていくんです。
 
だから、経営者の方にはいまが維新の時だと思って、これまでとは違う新しいビジョンを一からつくり上げるくらいの気概で経営に向き合ってほしいと思います。

(松尾) 
企業が果たす役割は今後ますます大きくなりますね。

(柳川) 
それから、これは経営者だけでなく、広く一般の方にも関係してくることですが、人工知能にできることは何だろうかと考えることは、同時に「じゃあ、人間はどこが特別で、人間しかできないことは何だろう」と考えることに繋がっていくと思うんです。
 
それで、やっぱり、感情というのは人間が持っている重要な特徴なんですね。私たちの行動のほとんどは、人間同士の感情のやり取りから起きていると言えます。
 
例えば、「あの人がこういう顔をした時は、喜んでいるように見えて実は思い悩んでいる場合があるから、この気配りをしよう」といった判断は、どれだけ人工知能の画像認識が進歩しても、感情と感情の繋がりのある人間同士ならではの特徴として残るはずです。
 
人と人との感情のやり取りの中で、人工知能に代替されにくいチームワーク力や組織を率いるリーダーシップなど、どれだけ深いコミュニケーションができるか。それこそが、これからの時代の人間の強みであり、「人間力」のポイントになるのだろうと思います。
 
逆説的ですが、これから人工知能が発達すればするほど、私たち一人ひとりに一層人間力を磨く努力が求められてくるはずです。

(本記事は、月刊『致知』2017年8月号『維新する』の対談の一部を抜粋・編集したものです。月刊『致知』にはあなたの人間力・仕事力を高める記事が満載です! 詳細はこちら

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◇柳川範之(やながわ・のりゆき)
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昭和38年埼玉県生まれ。58年大学入学資格検定試験合格。63年慶應義塾大学経済学部通信教育課程卒業。平成3年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了、5年同大学院博士課程修了。慶應義塾大学経済学部専任講師、東京大学大学院経済学科研究科准教授などを経て、23年より現職。『東大柳川ゼミで経済と人生を学ぶ』(日経ビジネス人文庫)『東大教授が教える独学勉強法』(草思社)『40歳からの会社に頼らない働き方』(ちくま新書)など著書多数。

◇松尾豊(まつお・ゆたか)
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昭和50年香川県生まれ。平成9年東京大学工学部電子情報工学科卒業。14年同大学院博士課程修了。博士(工学)。同年より産業技術総合研究所研究員。17年スタンフォード大学客員研究員。19年より現職。著書に『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』(KADOKAWA)。

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