武士の娘だった祖母の教え――子どもには目に見えぬものを与えなされ

作家で武士道研究家として知られる石川真理子さん。厳格な武家の娘として躾を受けた明治生まれの祖母と、12歳までともに暮らしました。明治から昭和にかけて激動の時代を逞しく生きた祖母の生き方、言葉を思い出すにつけ、戦後日本の女性が忘れてしまった「人としての心得」「女性としてのあり方」が散りばめられていることに気づいたと言います。武士の娘だった祖母の55の言葉厳しくも温かく、人生の滋味に溢れています――。

贅沢は人間を堕落させる最大の敵

祖父は近所にあった大きな製パン店からパンを仕入れて箱車に積み込むと、会社や工場などの昼休みをねらって売りに行きました。今でいえば、ピザやホットドッグなどを売りに来る洒落たミニバンのようなものでしょうか。こうした路上商売は出資額が少なくて済むため自営業を目指す人に人気だということですが、まさしく祖父もゆくゆくは自営業をと考えて、このパン屋を始めたのでした。

やがて長女と次女が小学校へ通い始めました。まだまだ物価高で生活は切迫しているうえ、学校へ通うとなれば何かと物入りになります。子育ての傍ら縫子の内職をしていた祖母は、少しでも家計の足しになるよう仕事を増やしていきました。そうはいっても限界はあるものです。最低限の学用品を揃えたものの、着物を新調することができません。わずかな着物を仕立て直しをしながら着続けるほかありませんでした。

物が十分にない中で祖母が思い出したのは、「目に見えぬものを大切にせよ」という両親の教えです。
「目に見えるものを与えるのはお金さえあればできることだけど、目に見えないものを与えるのは、いくらお金があったって無理だということに気づいたのです」
祖母は幼い頃から日常生活の中で自分が学んだことを、子ども達に語り継ごうと思い立ちました。生きていくうえで最も大切なこと、人の道を教えることこそ、この子達が将来自立する際に必要なことなのだと改めて思ったのです。「それからは父や母、じじさまやばばさまの語りぐさだったことを、よく子どもに話して聞かせたものです。昔話はずいぶんしたし、民話や言い伝えなども、知る限り話してやりました。昔の武将の武勇伝や米沢の殿様の話は、息子はもちろん娘たちも熱心に聞いたものです。

祖母のいう「米沢の殿様」とは、世に名高き名君とされる上杉鷹山のことです。風前の灯火だった米沢藩の財政難を見事に改正した上杉鷹山は、米沢藩の人々にとって武士や商人、農民を問わず誇りなのでした。そして、下々の者と同様、自分自身も一汁一菜の質素倹約を貫いた上杉鷹山について話すことで、祖母自身も質素倹約の美徳を思い出したのです。
「子どもに必要なのは物ではないのだということを、子どもかわいさに忘れそうになったんでしょう。けれど、かわいいからと何でも与えるのは、愛情とはちがうのですよ。忍耐を教える機会を親が奪ってしまうようでは、子どものためになるわけがないのです」
 

『武士道』では「贅沢は人間を墜落させる最大の敵と見なされ、生活を簡素化することこそ武士階級のならわしだった」とあります。また、『論語』には次のような教えがあります。

士、道に志して、悪衣悪食を恥ずる者は、未だ与に議るに足らず。訳/道を目指す士人でいて粗衣粗食を恥じるようなものは、ともに語るにたりない。(『論語』より)

金銭に囚われすぎると、そこに悪徳や腐敗がおのずと生じてしまうのは洋の東西を問わず歴史が証明しています。人としての道、心のあり方を教える祖母の語らいは、おのずと子ども達との時間を生みました。夜、家族が内揃って、内職をしながら話をする祖母を取り囲むこのひとときは、どれほど家族の絆を育んだことが知れません。この時間こそが、目には見えない宝ものになったことでしょう。

本書のご紹介

『女子の武士道』石川真理子・著

定価=本体1,400円+税

凜と生きる。女性の品格を磨くための深い知恵がここにある——

■3つのおすすめポイント

1「女子の武士道」という新たな切り口

2武家の娘だった祖母が遺した55の訓え

3女性のあり方、妻のあり方、夫婦のあり方を学べる

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