故人の想いを遺族へ紡ぐ~遺品整理に向き合って~

少子高齢化や核家族化などにより身寄りのないまま一人亡くなったり、突然死により残された遺族が故人の遺品整理でトラブルになるケースが多くなっているといいます。長年、遺品整理の現場に立ち会ってきた内藤さんに、遺品整理の際に心掛けなければならないこと、そして遺族の方に向き合う中で大事にしてきた信条などをお話しいただきました。

故人の想いを紡ぐ

(内藤)
一人ひとりに、それぞれ歩んできた掛け替えのない人生がある。持ち主のいなくなった故人の部屋にそっと足を踏み入れ、辺りを見回すと、その思いを強くします。無造作に置かれた手紙や衣類、そして飾ってある記念写真やアンティークなどの品々が、故人の生活ぶりや交友関係、職業や趣味までをも私に語り掛けてくれるのです。
 
遺族に代わって、故人の部屋の整理、片付けを行う「遺品整理業」を私が始めたのは、いまから約10年前のこと。
 
かねてから独立を考えていた私は平成12年、長年勤めていた大手ホテルを退職、埼玉県でハウスクリーニング会社を立ち上げました。とはいえ、素人経営がうまくいくはずもなく、2年ほどは仕事がほとんど入らない、食うや食わずの苦しい生活を余儀なくされたのでした。
 
しかし、貯蓄も食い潰し、もういよいよという時に、私の運命を変える1本の電話が鳴ったのです。それが「故人の部屋の荷物を片付けてくれませんか」という依頼でした。
 
ともかくも現場に赴いた私を待っていたのは、50代の母親と20代の娘さんでした。事情を伺うと、離婚した元夫が急死し、住んでいたアパートの保証人になっていたために、自分たちが“仕方なく”片付けをすることになったというのです。
 
特に娘さんは、「土足で上がって構いません。全部ゴミですから、早く済まして」と、いかにも面倒といった具合で、私は殺伐とした雰囲気の中、作業を始めることになったのでした。
 
ところが、部屋の中から、あるものが見つかったことで雰囲気は一変しました。それは、幼い頃の娘さんを写した写真の束。そして、その1枚1枚の裏面には、撮影日と成長記録のようなものが書き記されていたのです。

「きょう、“アブナイ”という言葉を覚えた」
「ニンジンは嫌いなのかな?」
「生まれてきてくれて、本当にありがとう」
 
勝手に捨てるわけにもいかず、私はその写真を娘さんにお渡ししました。すると、見る見るうちに表情が変わり、彼女の頬をポロポロと涙が伝わりました。

「どうしようもない父親でした。正直、憎んでいました。それでも、私が生まれてきたことを喜んでいてくれたんですね……」
 
写真を胸に抱え、穏やかな表情になって母子は現場を後にされました。私はその姿を見て、遺品整理を通じ故人が残した想いを遺族に伝えることで人を幸福にできるのだと、込み上げてくるものを抑えることができませんでした。この出逢いが転機となって本格的に遺品整理業をやってみようと決意したのです。
 
とはいえ、当時はまだ遺品整理を専門とする会社はなく、まさに新しい挑戦でした。しかし、高齢化や核家族化などにより、一人で亡くなる方が増えたという時代の要請もあったのかもしれません。私が遺品整理の情報サイトを立ち上げると、たちまち依頼が殺到したのです。
 
ただ、あくまで私の願いは、遺品整理を通じて故人と遺族の架け橋になりたいということ。どんなに手間隙が掛かっても、現場には自ら足を運び、小さな箱であっても一つひとつ丁寧にチェックする。私はそのことを信条として、請け負う仕事に上限を設けるなど、安易な事業拡大は決して行いませんでした。
 
生前に仲違いし、疎遠になっていた故人の部屋から、遺族への感謝の言葉を記した手紙が発見され、現場が涙に包まれる。また、旅行の写真や嗜好品などを通じて、「本当はこんな人だったんだ」と、遺族でも知らなかった故人の素顔が明らかになる。
 
そのような現場に立ち会っていく中で、私は遺品整理の仕事に心から誇りとやりがいを実感するようになっていきました。
 
しかし、一方で故人の「想い」が伝わらない場面にも幾度となく直面し、忸怩たる思いを味わうこともありました。遺族も知らない借用書が出てきてトラブルになる、生前故人から遺品をもらう約束をしたと、見知らぬ男が現場に現れる。通帳や日用品などを遺族がどう処分していいのか途方に暮れるなど、故人が生前に何らかの形で「遺志」を残してくれたなら、と思うことがよくあるのです。
 
そこで私は、これまでの現場経験を生かして、平成25年末、「埼玉県終活コンシェルジュ倶楽部」を立ち上げ、何をどのように遺族へ残したらよいのかを支援する取り組みを始めたところです。
 
現実にある資産や負債、また残してほしい品を遺族の負担にならないよう最小限に抑え、事前にリスト化して「引き継ぎ」をしておくのは必須です。ただ、自分の「希望」から、例えば遺族が通えない遠方のお墓などの購入を指示することは、残された人に負担を強いるので避けるのが賢明です。
 
そして何より、私が大切だと思うのは自分の「想い」を残すこと。家族に、友人に、知人に、たった一言でもいいのです、感謝の気持ちを伝えてあげてください。「想い」を残すことで、遺族が救われる現場に私は何度も立ち会ってきたのですから。
 
最近特に、残された遺品の一つひとつから、故人がこの世に残した想いや人生が溢れ出てくるような不思議な感覚を覚えるようになりました。
 
一人ひとりに、それぞれ歩んできた掛け替えのない人生があって、いま私はその最期の整理をしているんだ。これからも遺品整理を通じて、故人の方も、遺族の方も、ともに幸せになっていただけたなら、どんなに素晴らしいことでしょう。

(※本記事は『致知』2014年10月号に掲載された記事を抜粋・編集したものです。各界のリーダーたちもご愛読、人生や経営のヒントが満載、人間力を高める月刊『致知』の詳細・ご購読はこちらから)

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