2021年05月07日
山形の庄内に、全国からその味を求めて訪問者がやまない地場イタリアン「アル・ケッチァーノ」のオーナーシェフを務める奥田政行さん。2006年にはイタリア・スローフード協会国際本部から「世界の料理人1000人」に選出され、2020年には文化庁長官表彰を受賞した奥田さんは、いかにして夢を実現したのか。修業時代に体得したという「やりたいこと」に辿り着くための鉄則を教えていただきました。
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やりたいことが100ならやりたくないことを300やる
〈奥田〉
父が悪徳コンサルタントに騙されて1億3千万円の借金を背負うことになったという話をさせていただきましたが、当時私は21歳でしたから、自分にはまだ奥田家を幸せにするだけの実力がないことは分かっていました。
だから、もう一度東京に行かせてくださいと両親にお願いして、再び上京し、新宿の高級レストランへ修業に入りました。で、その店のシェフが大変ストイックな人で、食器に指紋がついていたり、水槽に魚の鱗が一枚ついているだけでボッコボコに殴られて、毎日20発以上はみんな殴られていました。
シェフが出勤してきた時、ドアノブが早く回るか、ゆっくり回るか。最初の一歩が大きいか、小さいか。そしてパッと顔を見て、きょうはコーヒーにするか紅茶にするか、それともカモミールを温めにするか、熱めにしてミントを入れるかと判断しなきゃいけない。
それでシェフが着替え終わったら、私が淹れたドリンクを飲みながら、メニューを書くんです。
で、ランチタイムで忙しくなってくると暴れ始めるわけです。殴られて、「何できょうこんなに追われているか分かるか!」と言われるから、「いえ……」
「きょう、おまえが出したものは俺の気持ちと違ったからだ!」と。
毎日がそんな調子で、味を見てもらうだけで「違う!」と殴られる。だからある時私もいたずらをして、前の日にOKをもらったソースをそのまま翌日に味見をしてもらったんです。
そうしたら「違う!」と言うので、何だ、シェフも感覚でやっているだけなんだと思って「これ昨日OKもらったのと同じやつです」と言ったら、「バカ野郎、昨日は晴れできょうは雨だ」。
ああ、この人はただムチャクチャ言っているだけじゃなくて、すごいことを言っているのかもしれないと感じるようになって、そこから、ちょっとこのシェフについていってみようかなという気持ちになりました。
ただ、人間そういう状況に追い込まれると、シェフが新宿駅に降り立った瞬間、分かるようになるんですよ。「あ、来た」って。出勤時間が違っても分かる。もう絶対に嫌いにならないように毎日シェフの写真を胸ポケットに入れて仕事していました。
私はいつも、「やりたいことの数値が100だとすると、やりたくないこと、人が嫌がることを300やる」と自分に言い聞かせています。
そうすると、いつの間にかやりたいことを実現するためのスタートラインに立てる。
これは修業時代からの実感です。
(本記事は『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』より一部を抜粋・編集したものです)
◇奥田政行(おくだ・まさゆき)
昭和44年山形県生まれ。高校卒業後、東京で7年間修業し、26歳で鶴岡ワシントンホテル料理長就任。平成12年地場イタリアン「アル・ケッチァーノ」を鶴岡市にオープン。16年より山形県庄内総合支庁「食の都庄内」親善大使。農水省料理マスターズ、イタリア・スローフード協会国際本部主催「テッラ・マードレ2006」で「世界の料理人1000人」に選出されたほか、スイス・ダボス会議にて「Japan Night2012」料理責任監修を務めるなど、世界的評価を受けている。著書に『人と人をつなぐ料理』(新潮社)などがある。