熊本地震で発揮された学びの力

 

20164月、熊本を襲った大地震。その3年前に「社内木鶏会」を導入し、院内で学びの時間を積み重ねてきた阿蘇立野病院も、未曾有の地震によって建物と設備に致命的な損傷を受けました。上村晋一院長は当時を振り返り、長く苦楽を共にしてきた職員を約180人も解雇しなければならないという現実に何より悩んだといいます。インフラが寸断された極限状態にあって、病院を奇跡の復興に導いたものとは何だったのでしょうか。

医療崩壊の危機を救ってくれた『致知』

私が大学病院と関連病院での10年に及ぶ外科勤務を経て、父が故郷・熊本に開設した阿蘇立野病院に戻ってきたのは平成12年4月。小泉内閣が発足する1年前のことでした。その後、「小泉改革」に歩調を合わせるように、私は病院管理者の卵として様々なセミナーに参加し、当院にも競争原理を導入するなど急激な医療改革を実施していきました。

ところが、職場の方針が大きく変わったことに職員は猛反発。それに伴い、患者様と職員との信頼関係もぎすぎすし始め、やりがいを見出せなくなった職員が職場を去り出しました。まさしく〝医療崩壊〟です。

この先、どうしていけばよいのだろうか。『致知』との出逢いはちょうどその頃だったと思います。

艱難辛苦を乗り越えてきた各界一流の方々の教えや言葉の一つひとつが、私の魂の奥底まで響いてきたことはいうまでもないでしょう。そして、自分はプライドばかり高く、視野狭窄を起こして悪循環の原因を職員や社会のせいにしていたこと。家族や恩師、職員などご縁をいただいた方々へ感謝すること、古典や歴史に学ぶこと、物事を俯瞰的に見ることの大切さに気づかされたのです。

そうして『致知』を読み、気づきを深めていく中で、致知出版社の藤尾秀昭社長が熊本で講演される機会があり、私は参加した職員を通じて『致知』を教材にした勉強会「社内木鶏」の存在を知ったのでした。

病院経営を立て直すためにも「よし、やってみよう」と決意し、平成25年3月より「社内木鶏」を開始し、翌年には全職員へと拡大。回を重ねる度に、職員たちの笑顔がよくなり、患者様と接する時もうわべだけでない、心の籠もった対応ができるようになっていくなど、その効果を少しずつ実感していきました。

熊本地震で発揮された「社内木鶏」の学び

しかし、本当の意味で「社内木鶏」の学びが試されたのは、昨年直面した熊本地震の時でした。震度7に達する凄まじい揺れによって、当院の建物や設備は壊滅的な打撃を受け、地域のインフラも寸断。とても診察ができる状態ではなくなったのです。給料も支払えなくなり、長く苦楽をともにしてきた職員約180人を解雇せざるを得ませんでした。

そのような極限的状況でも残った職員たちはお互いを支え合い、水が出ない中、文句一つ言うことなく手作業で一所懸命病院の掃除をしてくれました。これもひとえに、「社内木鶏」で日々人間力を高めてきたからこそできたのだと感じています。

被災地の完全な復興には30年は掛かるだろうと言われています。それでも諦めることなく、「心の持ち様で乗り越えられない困難は絶対に来ない」「明けない夜はない」との信念を強く持って、当院の復興へ向けて自分ができることに精いっぱい取り組んでいきたい。そして、職員に何をしてほしいかではなく、自分は皆に何ができるかを常に考えながら、「一燈照隅」という言葉のように、まず自らが一燈として輝くことで、この愛すべき南阿蘇、職員や家族を照らしていきたいと思います。

厳しい状況にも前向きに頑張れるのは『致知』で人間学を学んできたおかげです。これからも『致知』「社内木鶏」に学び続けてまいります。

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(本記事は『致知』2017年8月号「維新する」より抜粋したものです。『致知』には人間力・仕事力を高める記事が満載!詳しくはこちら

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