車椅子生活になった母親に、娘が書いた感動の手紙

写真=宅間國博

27歳、知的障害のある長男の出産
37歳、夫の突然死
40歳、生存率2割の大手術から生還するも、下半身麻痺となり、車椅子生活に――。

次々と襲いかかる試練を乗り越え、50歳となった現在、年間200回近くもの講演を行い、人々に生きる勇気を与えている岸田ひろ実さん。

その初の自叙伝『ママ、死にたいなら死んでもいいよ』は、娘の岸田奈美さんが実際に口にした言葉をそのままタイトルにしたものでした。なぜ最愛の母に、奈美さんはこんな言葉を口にしたのでしょうか?その真意が手紙に綴られています。

娘から母への手紙

ママへ

こうやって手紙を書くのは、覚えている限りで初めてです。きっと幼稚園や小学生の頃に書いたことはあるのかもしれませんが、ママと正反対で大雑把かつ忘れっぽい私はどうしても思い出せないのです。

でも、この本を読んでふと気づきました。良太の知的障害を初めて知った日のこと、小学校の先生に食ってかかったこと、家族四人揃って最後に旅行へ行ったこと・・・私は嬉しいことも悲しいことも、多くのことを忘れていました。

裏を返せば、それだけ怒涛の日々を送ってきたということかもしれません。

しかし、はっきりと覚えていることがあります。25年間で、ママが悲しくて泣いているのを見たのは、たった一度だけです。もらい泣きや嬉し泣きこそあっても、ママはいつも笑顔を絶やしませんでした。「奈美ちゃんとお母さん、友だちみたいだね」と周りから言ってもらえるのは、私にとって鼻が高いことでした。

ママが泣いたのは、病室のベッドの上でした。薄暗くなっていく病室で、ママは悔しさを押し殺すようにして俯いていました。私は病室の入り口から覗いていることしかできませんでした。

ママがリハビリ室に行っている間、勝手にママの携帯電話も見ました。私や良太には伝えなかった、きっと伝えられなかった、ママの寂しさや苦しさを綴ったメールが何通も残っていました。

その日私は、ママのリハビリが終わるのも待たず、勝手に家へ帰ってしまったのを覚えていますか。心配して何度も電話やメールをくれたのに、謝ることができなくて、本当にごめんなさい。

今日まで、ずっと後悔していました。

ママが倒れた日、病院の先生に「手術をしてください」と言ったことを。

私はママに死んでほしくなかった。もっとママと話したかった。そんな一心で伝えた選択によって、ママの命は助かりました。

手術が終わり「命に別状はありません」と先生から言われた時、私はひたすら喜びました。おばあちゃんからテレフォンカードを借りて、残っていた限度額がすっかり無くなるまで、親戚中に電話をかけ続けました。

助かって良かった、ママは幸運だったと。

私や親戚の言葉に答えるように、目覚めたママは笑っていましたね。
そんなママが隠していた涙を見た時、責められるべきは、私だと気づきました。私が手術を望んだせいで、ママが死ぬよりも辛い思いをしているのだと。

だからママから「死にたい」と言われた時、私は拒否なんてできませんでした。思わず口をついた言葉は「死んでもいいよ」でした。それが私にできる最後の償いだと思いました。本当に死んでしまったらどうしようと、内心は焦りでいっぱいでした。

大学に入学して、ミライロの創業メンバーとして参加した頃、ママにはたくさん心配をかけてしまいました。終電で寝過ごして何度も遠くの駅まで迎えに来てもらったり、単位がギリギリで大学から通知が届いたり、数えるとキリがないですね。

でも、ママが初めて一緒に仕事をしてくれた日のこと、大勢の前で話したいと意気込んだこと、神戸へ戻る新幹線で「死ななくて良かった」と言ってくれたこと、全部覚えています。

嬉しくて嬉しくて、飛び上がりたいくらい幸せでした。私はママの笑顔のおかげで、どんなに辛くても、苦しくても、今日を走り続けることができています。

ママ、死なないでくれてありがとう。

私を信じてくれてありがとう。

私は「パパに顔も性格もそっくりだね」と言われることが嫌いでした。ママは二重まぶた、パパと私は奥二重まぶただからです。それだけじゃなくて、人と違うことばかり目についてしまうところ、一度興味が沸けば周りのことが目に入らないくらい没頭してしまう子どもっぽいところもパパに似ました。

中学校では変わってるねとよく言われてしまい、周囲に馴染めず劣等感がありました。

でも今は、パパにそっくりに生んでもらったことを誇りに思います。

パパはママのことが大好きでした。パパにしかできない仕事に一生懸命打ち込んで、私たちを守ってくれる姿には憧れるばかりです。パパに教えてもらったことは、私の中で今日も生き続けています。

これからは私と、私の中にいるパパが、大好きなママと良太を守ります。これからいっぱい困難があるだろうけれど、私たちはきっと、どんな未来でも笑顔でいるはずだから。これからも一緒にいようね。

2億%大丈夫。

      岸田奈美

 


生きる力が湧く感動実話

『ママ、死にたいなら死んでもいいよ』

岸田ひろ実・著
定価=本体1,400円+税

 

◆ 目次

第Ⅰ部
第1章 人と違うことへの恐れ
第2章 知的障害のある息子が教えてくれたこと
第3章 主人を失って残ったもの
第4章 死にたいなら死んでもいいよ
第5章 すべてが転機に変わった日

第Ⅱ部
第6章 ハードは変えられなくてもハートは変えられる
第7章 人前で話せるようになるまで
第8章 ミャンマーへ
終 章 いつか美しくなる、今へ

母から娘への手紙 岸田ひろ実
娘から母への手紙 岸田奈美