2021年08月20日
7歳の頃から『論語』を欠かさず素読し、碩学(せきがく)・安岡正篤師の高弟として、101年の生涯を古典に学び続けた伊與田覺(いよた さとる)先生。年を重ねても学びへの意欲は一向衰(おとろ)えることなく、天寿を全うされる直前まで、古典の講座に登壇し、堂々たる講義をされていました。『「人に長たる者」の人間学』は、そんな伊與田先生の代表的著作のひとつ。平成16年3月からの1年間(89歳~90歳)、経営者を対象に行われた連続講義をまとめたものです。ここでは同書より、先生が80年以上も愛読してきた『論語』の知恵を交え、ビジネスでも家庭でも欠かせない「挨拶」で人生を豊かにする術を教えていただきます。
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挨拶には大切なことが3つある
〈伊與田〉
「敬」「謝」「謙」「譲」「和」という精神で「礼(れい)」を行えば相手に通ずる。日本では頭を下げるのが「礼」です。握手するのも「礼」 の一つです。形はいろいろ違って参りますけれども、根本にそういう心を持つことが大事なんです。
その「礼」の中で、我々が日常一番よく行っておるものは「挨拶(あいさつ)」であります。「挨」も「拶」も「触れる」とか「押す」という意昧があります。石と石が触れ合ったら火花が飛ぶ。電気が触れ合うと稲妻(いなづま)が出る。人間が触れ合ったときには、挨拶によって人間関係はスムーズにいくんですね。だから、挨拶にはじまって挨拶に終わるということは、今更私がいうまでもないことです。
この挨拶に大切なことが3つある。
その1つは「時の宜(よろ)しきを得る」ということ。
人間の心というものが最もよく表れるのは眼です。目は口よりもものを言う。眼というのは常に真実を物語っている。だから礼をするときには、はじめに相手の目をよく見る。そして頭を下げて起こしたときに、もういっぺん相手の目を見る。だから、目が合うということが大事。相手を見ずに頭だけ下げるような礼のことを「瞽礼(これい)」という。
中国の宴会に行って大切なのは「カンペイ」ということです。本当の「カンペイ」というのは、盃を持ってまず相手の目をよく見る、酒を飲み乾したら盃の底を見せて相手の目を見る。それで言葉は通じなくても心はよく通じるんです。犬と人間とも同じことで、お互いに目を見合うたら言葉は通じないけれども心が通じるものなんです。
挨拶に大切なことの2つめは「言葉の宜しきを得る」です。
「おはようございます」とか「こんにちは」とか、そのときに応じて言棄を変える。また「おはよう」「おはようございます」というように、相手に応じて言莱を変える。これを瞬時に判断をして適切な言葉を使う。「言葉の宜しきを得る」とはこのことをいいます。
3つめは挨拶の内容が道理に適っていること。無茶な言葉を使わない、そういう挨拶を「事の宜しきを得る」と申します。
侠客の挨拶を「仁義を切る」といいますね。侠客というのは本来、強きをくじいて弱きを助ける。人間の道義の根本をなすものは、義理と人情です。だから、仁義に適った挨拶をする。こちらが仁義に適った挨拶をしているのに、向こうがそれに応じない場合は「血の雨が降る」なんてことになるわけでありますな。侠客は命よりも仁義というものを重んじているのです。
そういうことで挨拶には3つの宜しきを得ることが大切である。これを「挨拶の三宜(さんぎ)」といいます。
このことを幼少の時分から繰り返し繰り返し行っておりますと挨拶というものか身について、どこから見ても麗しくなる良い躾がついてくる。にわか仕立てではどことなしにぎこちない。やっぱり幼少の時分から、あるいはいつもこういうことを心掛けて挨拶をいたしておりますと、どこから見ても感じが良くなるものです。
『「人に長たる者」の人間学』 第二講 小人の学より
(本記事は致知出版社刊『「人に長たる者」の人間学』より一部を抜粋したものです)
◉月刊『致知』2021年9月号の特集テーマは「言葉は力」!
古典、経営、スポーツ、映画、育児……様々な分野の第一人者、プロフェッショナルの皆さんに、体で味わってきた〝言葉の力〟を存分に語っていただきました!!
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目 次
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【第1講】成人と人間学――物をつくる前に人をつくる
【第2講】小人の学――『小学』を読む
【第3講】大人の学――『大学』を読む
【第4講】人間の天命――五十にして天命を知る
【第5講】人間の真価――君子固より窮す
【第6講】恥と日本人――己を行うに恥あり
【第7講】弘毅と重遠――士は以て弘毅ならざるべからず
【第8講】君子とは何か――君子はその能無きを病う
【第9講】道理のままに生きる――死生命あり、富貴天にあり
【第10講】中庸の道を往く――中和を致して、天地位し、万物育す
【第11講】孤独と不安――人知らずしてうらみず、亦君子ならずや
【第12講】『論語』と現代――『論語』を活かして生きる
伊與田覺・著
定価=10,780円(税込)
伊與田先生が「自己を修めるための最高の書」と称した『論語』の魅力と神髄が、余すところなく語られています。
「なんのために学問をするのか」「人間学とは何か」といった本質的な問いに始まり、「大人と小人を判断する方法」「年齢に込められた意味」「西郷と勝海舟の人物比較」「履物の脱ぎ方は人間のあり方を表す」……などなど、書名のとおり、人の上に立つ者の心得や、リーダーシップの要諦が、これほどまで深く、かつ平易に説かれた書物は他にないのではないでしょうか。
二千数百年以上にもわたり、読み継がれてきた人類史上の大ベストセラー&ロングセラーであり、一生に一度は読んでおきたい不朽の古典『論語』。
初めて学びたい人にも、極めたい人にも、ぜひご一読をおすすめする人間学の名著です。