世界基準の手術を編み出した肝臓外科医の思考法

 

血管が複雑に入り組み、最も手術が難しいといわれる臓器の一つ、肝臓。その専門医として、30代の頃から次々と革新的な手術方法を編み出し、東大教授時代には1056例連続死亡事故ゼロというギネスブック級の腕を持つ肝臓外科医・幕内雅敏氏。70歳を超えていまなお第一線で活躍し続ける幕内氏は、いかにしてつくられてきたのでしょうか。

どれだけバカになってやれるか

――幕内先生はどのようにして新しい手術法を次々と編み出されたのでしょうか。

 (幕内)

それはもう、手術のことをしょっちゅう考えるってことですよ。それしかない。どのくらいよく考えるかっていうと、何か壁にぶつかった時なんかは病院にいる時だけじゃなくて、常に考えなくちゃいけない。

 例えば、この年にもなると「幕内先生もだいぶ呆けたな」って言われるだけだろうけど、僕は30代、40代の頃からよく電車を乗り過ごしていたんですよ。激しい時なんかは、戻ろうとしてまた乗り過ごしていた(笑)。

 ――それほど集中して考えられていたわけですね。

 要は周りの情景なんてほとんど気にしないくらい、どうしたらいいだろうかって、ひたすら考えているわけ。それくらい頭を使っていると、ある日、漫画にあるようにパチッと電気が光る。あとはそのアイデアを検証して、実際に手術で活かしていく。

 だから優れた外科医になるためには、しょっちゅう手術のことを考えるっていうのが一番大事かな。もちろん、先ほど言ったように、頭の中に臓器の立体構造がクリアな画像として入っていることも当然求められる。

 それともう一つ挙げるとすれば、患者さんをしょっちゅう見ていないとダメだね。僕は院長という病院で一番高い地位にいて、海外にもよく行くけど、必要なら朝昼晩としょっちゅう患者さんを見に行く。どうしても僕が見られない時は、信頼できる人間に頼むわけ。

 ――それは術後の患者さんですか。

 そうそう。検査結果ももちろん大事だけど、実際に患者さんに触れたりして状態を見る。確かに個人差はものすごく大きいけど、僕は見ただけで何かまずいことがあれば、すぐにピピピッとくるからね。そういうことを感じられるかどうかですよ。

 ただ、いま挙げたことはどれも決して特別なことじゃないと思う。人間には持って生まれた能力の差なんていうのはなくて、努力ができるかできないかっていうところで差が生まれるんじゃないのかな。しょっちゅう考えていられるかどうかだって同じだよね。要はどれだけバカになってやれるかどうか。特に若い医者にはそこを掴んでほしいですね。

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体力の極限まで挑戦して、人の命を助ける

(幕内)

僕は大人の生体肝移植に世界で初めて成功しましたけど、肝切除手術以上に時間がかかる。これまでの最長記録は55時間で、水曜日の朝九時に始めて金曜日の午後四時までかかりました。

 ――55時間も、ですか。

もちろん数時間ごとに休憩を取りながらでしたけど、最後までやりきれたのはやはり修練の賜物ですよ。だからそれくらいの長時間の手術にも耐えられるよう、僕らは日々自分自身を鍛え上げないといけません。

 ――鍛え上げる。

 そうです。伝教大師最澄の記した『山家学生式』にはこう書かれているでしょう。

 「悪事を己れに向へ、好事を他に与へ、己れを忘れて他を利するは、慈悲の極みなり」

 手術を翌朝まで行い、体力の極限まで挑戦して、人の命を助ける。こうした行いこそ、「忘己利他」の四文字がピッタリな表現だと僕は感じました。

 (本記事は『致知』2017年6月号 特集「寧静遅遠」より一部抜粋したものです)

 ◇幕内 雅敏(まくうち・まさとし)

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昭和21年東京都生まれ。48年東京大学医学部卒業。国立がんセンター病院、信州大学医学部第一外科教授を経て、平成6年東京大学医学部第二外科教授。19年日本赤十字社医療センター院長就任。29年4月より東和病院院長。東京大学名誉教授。

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