15年間の沈黙

▲ あなたの人間力を高める ▲
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致知出版社の「人間力メルマガ」 2016.10.11

肝臓がんと小児外科。
それぞれの分野で突出した
業績を上げ続けている
高山さんと山高さん。

お二人のプロとしての
信条に迫ります。

────────[今日の注目の人]───

☆ 一流外科医の条件とは ☆

高山 忠利(肝臓がん外科医)
×
山高 篤行(小児外科医)

※『致知』2016年11月号【最新号】
※特集「闘魂」P58

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【山高】
どれくらいの期間、
幕内先生と仕事をされたのですか。

【高山】
15年くらいです。

途中、先生は信州大学に教授として
行かれて離れはしましたけど、
その間もしょっちゅう一緒に
肝がん手術や生体肝移植をしていました。

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後に先生が母校の東京大学に
戻られてからは、僕は助教授として
先生の下について、
5年間みっちり仕事をしました。

その当時は、一連托生のようなもので、
もうずっと病院内で一緒にいましたね。

【山高】
幕内先生はどんな
指導をされる方でしたか。

【高山】
それが人に教えないんです、
一切教えない。

僕がレジデント(研修医)として
国立がんセンターに行ってすぐの時に、
ちょっと手術のヒントを
伺おうと思って聞いたら、
聞こえない振りをされたんですよ。

あぁ、これは盗むしかないかと思って、
それ以来15年間一度も質問しませんでした。

【山高】
それもすごいですね。

でも先生のように盗むというか
自分で考えなければ、
絶対にいい外科医にはなれないと思います。

【高山】
そうですね。

【山高】
いわゆる普通の手術を繰り返してやる
医者にはなれると思います。

でも、難しい症例がきた時には、
一歩立ち止まって
考えなければいけません。

その時に自分で考えながら
やっていく癖をつけておかなければ、
一流の外科医にはなれないと思います。

_SKT4585

それにあまり手取り足取り
教えてもらいたくないって
いうのもありますよね。

それよりも、うまい人の
手術を見ることのほうが
よっぽど大事だと思う。

これは私の持論ですが…

※二人の一流外科医のプロ談話の
続きは本誌でお楽しみください。

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闘病中の主人と二人三脚
『致知』は心の支えです
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大分県/写真ギャラリー左馬経営
四歩一掬ゑさん(54歳)

平成13年に主人が脳出血で倒れ、
さらに痙攣を起こして以降、
毎日繰り返される徘徊、幻視、幻覚症状を
商売の傍ら自宅で見守る中、
自分の中で二つ決めたことがありました。

一つは絶対に諦めないこと、
二つ目は苦しい時ほど
最高の笑顔の花で主人、
お客様と向き合うこと。

それは、どちらが先になるか
分からないけれども、
年齢的な順番であれば主人が旅立つ時に、
たった一つの思い残しもせずに、
「よく頑張ったね」とニッコリ笑って
見送ってあげたいとの思いからでした。

しかし、希望と絶望が繰り返される中、
まさかの坂を転がり
落ちてしまったかのように、
精神的にも肉体的にも限界を
超えてしまいました。

一番の取り柄の笑顔も奪われ、
それでも店を閉めることができず、
主人を手放すこともできずに、
苦しい時の一分一秒の長さに
戸惑いと恐怖を感じながら、
やっと乗り越えられたなと
思うようになっていきました。

『致知』との出会いは、
そういう日々の中でのことでした。

読み始めた時、とめどなく涙が溢れ、
これまで笑顔の奥の自分の素顔を
はじめてさらけ出せたことに、
ありがたく、嬉しく、
感謝と感動でいっぱいでした。

「この苦しみを乗り越えられたら、
きっと必ず成長した自分になれる」

というそれまで抱き続けてきた信念と、
自分の比ではない壮絶な人生の試練、
逆境を感謝と希望に捉え、
天命を果たされている方々の
ストーリーとの出会いを心の宝物
として歩んでいきたいと思いました。