倒産のどん底から私を救った母の言葉(オークスグループ創業者・奥野博)

大きな仕事を成し遂げる人の陰には、偉大な母がいるとよくいいます。『致知』でも、そんな母と子の感動的な実話をたくさんご紹介してきました。1971年創業、富山県・石川県を中心に、冠婚葬祭事業で発展を続けるオークスグループ。かつて同社の専務取締役を務めた青木新門さんが、葬儀の現場に携わった体験を綴った『納棺夫日記』は映画『おくりびと』の原点として知られていますが、その創業前夜にはこんな逸話がありました。グループ創業者・奥野博さんに当時を振り返っていただいた、約20年前の貴重なインタビューをお届けします。

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「滅びる者は、滅びるようにして滅びる」

――昭和42年、40歳のときに経験された倒産が、今日の奥野会長の土台になっているようですね。

〈奥野〉
倒産が土台とは、自分の至らなさをさらけ出すようなものですが、認めないわけにはいきません。戦後軍隊から復員し、商社勤務などを経て、兄弟親戚に金を出してもらい、事業を興したのは30歳のときでした。

室内設計の会社です。仕事は順風満帆でした。私は全国展開を考えて飛び回っていました。だが、いつか有頂天になっていたのですね。足元に忍び寄っている破綻に気づかずにいたのです。それが一挙に口を開いて。

――倒産の原因は?

〈奥野〉
「滅びる者は、滅びるようにして滅びる」

これは今度出した本の書き出しの一行です。倒産の原因はいろいろありますが、つまるところはこれに尽きるというのが実感です。

私が滅びるような生き方をしていたのです。出資者、債権者、取引先、従業員と、倒産が社会に及ぼす迷惑は大きい。

倒産は経営に携わる者の最大の悪です。世間に顔向けができず、私は妻がやっている美容院の2階に閉じこもり、なぜこういうことになったのか、考え続けました。

すると、浮かんでくるのは、あいつがもう少し金を貸してくれたら、あの取引先が手形の期日を延ばしてくれたら、あの部長がヘマをやりやがって、あの下請けが不渡りを出しやがって、といった恨みつらみばかり。つまり、私はすべてを他人のせいにして、自分で引き受けようとしない生き方をしていたのです。

だが、人間の迷妄の深さは底知れませんね。そこにこそ倒産の真因があるのに、気づこうとしない。

築き上げた社会的地位、評価、人格が倒産によって全否定された悔しさがこみあげてくる。すると、他人への恨みつらみで血管がはち切れそうになる。その渦のなかで堂々めぐりを繰り返す毎日でした。

迷妄から這い出すきっかけをくれた母

――しかし、会長はその堂々めぐりの渦から抜け出されましたね。

〈奥野〉
いや、何かのきっかけで一気に目覚めたのなら、悟りと言えるのでしょうが、凡夫の悲しさで、徐々に這い出すしかありませんでした。

――徐々にしろ、這い出すきっかけとなったものは何ですか?

〈奥野〉
やはり母親の言葉ですね。父は私が幼いころに死んだのですが、その33回忌法要の案内を受けたのは、奈落の底に沈んでいるときでした。倒産後、実家には顔を出さずにいたのですが、法事では行かないわけにいかない。

行きました。案の定、しらじらとした空気が寄せてきました。

無理もありません。そこにいる兄弟や親族は、私の頼みに応じて金を用立て、迷惑を被った人ばかりなのですから。

――針のむしろですね。

〈奥野〉
視線に耐えて隅のほうで小さくなっていたのですが、とうとう母のいる仏間に逃げ出してしまいました。

――そのとき、お母さんはおいくつでした?

〈奥野〉
84歳です。

母が「いまどうしているのか」と聞くので、「これから絶対失敗しないように、なんで失敗したのか徹底的に考えているところなんだ」と答えました。すると、母が言うのです。

「そんなこと、考えんでもわかる」

私は聞き返しました。

「何がわかるんだ」
「聞きたいか」
「聞きたい」
「なら、正座せっしゃい」

威厳に満ちた迫力のある声でした。

――84歳のお母さんが。

〈奥野〉
「倒産したのは会社に愛情がなかったからだ」
と母は言います。

心外でした。自分のつくった会社です。だれよりも愛情を持っていたつもりです。母は言いました。

「あんたはみんなにお金を用立ててもらって、やすやすと会社をつくった。やすやすとできたものに愛情など持てるわけがない。母親が子どもを産むには、死ぬほどの苦しみがある。だから、子どもが可愛いのだ。あんたは逆子で、私を一番苦しめた。だから、あんたが一番可愛い」

母の目に涙が溢れていました。

「あんたは逆子で、私を一番苦しめた。だから、あんたが一番可愛い」

母の言葉が胸に響きました。

母は私の失態を自分のことのように引き受けて、私に身を寄せて悩み苦しんでくれる。愛情とはどういうものかが、痛いようにしみてきました。

このような愛情を私は会社に抱いていただろうか。いやなこと、苦しいことはすべて人のせいにしていた自分の姿が浮き彫りになってくるようでした。

「わかった。お袋、俺が悪かった」

私は両手をつきました。

ついた両手の間に涙がぽとぽととこぼれ落ちました。

涙を流すなんて、何年ぶりだったでしょうか。

あの涙は自分というものに気づかせてくれるきっかけでした。


(本記事は『致知』1998年8月号 特集「命の呼応」より一部を抜粋・編集したものです)

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