お寺の副住職として、
いまも縁ある人たちに
親を偲ぶ心の大切さを伝え続ける
西端春枝さん。
こういう親孝行もあるのか──
そんなふうに思わせてくれる
西端さんのお話に
心の温度がちょっとだけ上昇しますよ
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人を偲ぶ心の優しさ
西端 春枝(真宗大谷派淨信寺副住職)
※『致知』2012年11月号P80
連載「生涯現役」
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最近はタクシーを
使うことが増えましてね。
その時にはできるだけ運転手さんに
話し掛けるようにしているんです。
この前も
「あんた、お母さんいてはるの」
とお聞きすると、小学校の頃に
亡くなったと言うんですよ。
でも具体的に何月何日
だったかは覚えていないし、
ある運転手さんは
両親の命日を知らない。
中にはお兄さんと喧嘩して
家を飛び出したから、
どこのお寺さんに行けば
いいのか分からないという。
こういう人たちに出くわすと、
もう黙っていられないから
身を乗り出して説教が
始まるんですよ(笑)。
彼らはいつも車で走っているので、
お寺の前を通ったら、ちょっとでも
頭を下げるようにと言うんです。
それだけでもいいって。
──それだけですか。
そう。でもね、そうすれば、
自然とお母さんのことを思い出したり、
心の中でお父さんに
話し掛けられるようになるんです。
そうやってご自身が亡くなるまで、
折に触れて親のことを
偲ぶことも親孝行なんですよ。
そしてこのような話をしながら、
私自身もまた自分の
親のことを偲んでいる。
ある運転手さんが私と話し込んで、
つい道を間違えてしまって
遠回りしたことがありました。
彼はしきりに謝りましたが、
それよりも私は「遠回り」
というのが懐かしいなと思ってね。
なぜかと言えば、子供の頃に母親から
「はよ帰っておいで」と
言われていたんだけど、機嫌が悪くて
遠回りして帰ったことがあったんです。
つまらないことして、親を困らせてね。
そんな懐かしい母との思い出を、
思わぬ人の言葉で思い出せるんです。
──それもまた親孝行だと。
父は親孝行なんて、
親が生きている間に
満足にできているなんて思うな、
と言っておりました。
親が子を思う心の半分も、
お返しなんぞできるものではないと。
だから昔の人はお盆の時に、
墓石を洗いながらこんな詩を
思い浮かべていたんです。
?
「父母の背を流せし如く墓洗う」
いま生きていれば一遍でも
背中を流してあげるのにな、
と思う時にはもう親はいないんですね。
だからせめて父母の背中を
流すつもりで墓石を洗う。
こうやって一つひとつの
出来事を通じて、私たちは
亡き親を偲ぶことができるんですね。
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『致知』3月号のテーマは
「願いに生きる」
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